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真っ赤な髪の女の子 第八話


 なぜかわからないが、他の魔法使いとはどんなものだろうと思った。まずは目の前の彼女を知ろうととっさに出てきた言葉だった。

 アニエスは嬉しそうに顔をほころばせた。いつもの口角を無理やりあげてひくついた笑顔ではなく、自然に緩んだように見える。もしかしたらまともに笑顔を見たのは初めてかもしれない。


「じゃあ、私のと交換で!」


 寄ってきて杖を差し出してきた。その距離がいつもよりも近く彼女からするパン屋の匂いがふわっと広がり、思いがけず鼓動が上がってつばを飲み込んでしまった。

 少し汗ばんでしまった手で杖をもってみると、見た目とは裏腹に重いことはなく、ついていたアクセサリーも邪魔にならなかった。試しにアニエスが最初に見せてくれた呪文のときの杖回しをしてみた。なめらかに手になじみ、くるくると腕を回った。


「その動き、上手ですね。私が呪文を噛まずにうまく唱えられるようにやっているおまじない程度みたいなものですが。私もぽっきー持ってみたいです」

「アニエスさん、どうぞ」

「はい! どんな感じなのかに”ゃ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あああああ!!!!ぁぁぁぁ……ん」

「大丈夫ですか!?」


 差し出した手からアニエスが受け取った瞬間、聞いたこともないような悲鳴をおそらく彼女の人生で一番大きいであろう声で発しながら倒れはじめた。

 煙を上げて崩れ落ちる彼女に慌てて駆け寄り、腕で受け止めると目を回して気絶していた。それと同時にぽっきーを受け止めるが、何も起きることはなかった。


 一体何が起きたのだ。揺すっても目を覚まさない。息はしているようだが、寒空に長い時間いるのは彼女の体に障る。自力で来た場所ではないので移動魔法が使えない。少し離れた山の入り口まで担いで山を下りることにした。


 いつも話すときの距離は遠かった。縮こまって話していたから小さく見えていた彼女だが、近づいて気づいたことがある。俺より背が高いのだ。

 少し背の高い彼女を担ぐとどうしても肩に顔が乗っかり前に出てくる。歩く振動に合わせて耳に吐息がくすぐったく当たる。などと邪まな感情がもくもくと湧き上がってきそうなのを傷病者、傷病者と考え抑えた。


「あれ? 私。てなんでこんなことになっているんですか!?」


 気が付いたアニエスは担がれていることに驚いて動きが大きくなった。


「いいい、今はちょっとおとなしくしてください。落としちゃいますってば」

「ご、ごめんなさい。私杖を持って気を失ってしまって」

「こちらこそごめんなさい。あんな機能があるのは知らなくて」

「あれはたぶん、杖が、ぽっきーが私を拒否したんだと思います。なんだか体力をほとんど持っていかれたみたいですごく体が重いです」

「もう少しで移動魔法が使えるところに着くので休んでてください。家まで運びますから寝ちゃっても構いませんよ」

「いえ、そういうわけには」


 雪道を歩くのはなかなか大変で、熱くなり玉のような汗が出てきた。

背中の彼女は落ち着きがない。ちらちらと周りを見回したり、横目で顔を覗き込んで来たり、足をばたばたと少し動かしたり何かが気になって仕方ないようだ。


「あ、あの、重くないですか?」


 何か悲しげに申し訳なさそうに耳元でささやいた。それを気にしていたのか。全然、と否定すると彼女は落ち着きを取り戻した。担いで歩くことに夢中になり、口数は徐々に減りしばらくすると沈黙が訪れた。


「もうすこしですよ」


 三十分ほど歩いて目的地はもうすぐだった。気が付かなかったがアニエスはうとうとしていたようで、小さい声でうんとだけ言った。話しかけて目が覚めたのか、もぞもぞと動いているのが背中から伝わってくる。


「イズミさんのお母様ってどんな方なのですか?」

「口うっさいおばさんでしたよ。セーターで手を拭くなハンカチもてとか、本を読みながらご飯を食べるなとか、使ったもの片づけろとか。今思えば当たり前なんですけどね。でもそういう当たり前を色々教えてくれましたね。料理も上手でしたよ。アニエスさんみたいに」


 思い出すと胸が熱くなった。俺が日本にいたころ、母親をこうやって担いで歩いたことはあっただろうか。覚えている限りない。それは怪我をしたり、病気になったりしなかった、ということだ。もし、俺が日本にまだいて、担ぐようなことになったときは、きっともっと年老いて足腰が弱くなったときだろう。今まで担がなくてよかった幸せと、これから母を担ぐことができない悲しさでそれ以上の言葉に詰まった。

 無言になった俺にアニエスは、


「イズミさん、お母様を大事にされているのですね。ふふ。うらやましいです。私も母は大好きです。また会えると、いいですね」


と微笑んだ。

 家族に、また会えるのだろうか。アニエスの言葉にすら何も言えなくなってしまった。



「あの、イズミ、さん。苦しいです」

「どうかしました!?」

「その、む、胸が押されて」


 その一言で背中にすべての意識が集中してしまった。包み隠さずはっきり言ってアニエスの、はとても大きい。体重の何パーセントなのだろう。背中に当たるそれらを緊急事態緊急事態緊急事態と考えて無視し続けたのだがこういう形で指摘された。しかし、彼女が色々と疎いようで助かった。

 その疎さにあやかって意識してしまったことをできる限り悟られないように冷静なふりをした。


「……ごめんなさい。一度おろしますね」


 さて、どうしよう。背負うのはもう無理だ。引きずるわけにもいかない。そりもストレッチャーもない。

 あれしかない。そう、あれだ。嫌ではないのだができる限り避けたいあれ。

 どうしようもなくなったので、お姫様抱っこすることにした。

 彼女の肩に手を回し、膝を曲げて持ち上げた。


「え? あ!? あふぁぁああ!?」


 予想だにしていなかったのか変な声を上げて襟のあたりを力いっぱいつかんできた。

 色々思うところがあるのは俺も同じだが考えてはいけない。そしてできれば彼女にもそうしてほしい。背負うのが無理ならこれしかない。しかたない。

 持ち方を変えてから、腕の中でずっと人の顔をしげしげと覗き込んでいるのだが、とてもやりづらいので景色を見てほしい。


 パン屋に戻り、アルフレッドとダリダにアニエスを引き渡した後、その日は家路に就いた。

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