藍色に黄昏るデオドラモミ 第二十話
俺はオージー、ティルナ、グリューネバルトそれからアンネリのほうをちらりと見渡した。皆一様に眉間にしわを寄せたり、悲しそうな顔をしたりと様々だが覚悟は決まったようだ。
そして頷くと、レアの問いに「構わない」と答えた。
彼女は少し悲しそうな顔を見せた後、「そう……ですか」と下を向き大きくため息をした。そして右手をゆっくりと上げた。
だが、レアの動きを見たクロエが突然焦りだし、彼女の方へ手を伸ばした。
「しまった! 商人! 待ちなさい! ヴァーリの使途はまだ……」
レアを止めようとしたクロエの背後が青白く光った。光は円形に広がるとどこか別の場所とつながっているようだった。しかし、その中は暗く見通しが効かない。すぐに大きく広がり、その一つ一つの大きさが人が三人ほど通れるくらいになると、そこから大勢の人間が規律よく駆け足で現れた。
全員が統一された白い服を纏い、トバイアス・ザカライア商会の紋章であるジズの絵が描かれた腕章をしている。顔を覆うベールから覗くいくつもの目が俺たちを取り囲むように立ちはだかった。後列の者は杖を持ち、前列の者は剣など様々な武器を携えている。どうやらレアがポータルを開き、商会の特殊部隊を呼び寄せたようだ。配置についたのか、レアの指示を待つかのように微動だにしなくなった。
レアはあげられていた右手を前に下げると「保安部隊、論文を焼き払いなさい!」と号令をかけた。すると前列の何人かが狂いなく揃った動きで杖を前に掲げ、呪文を唱え始めた。展開された魔法陣の先にはグリューネバルトがいる。彼が持っている論文を狙っているようだ。
グリューネバルトはすぐさま応戦しようと杖を構えた。
しかし、くっと歯を食いしばり苦しそうな表情をして膝をついてしまった。さきほどのティルナとの戦闘での負傷が腰に響いてしまったようで素早く動くことができないようだ。
その間に詠唱は完了してしまい魔法は放たれた。どれほど高温な炎熱系の魔法だろうか、グリューネバルトに向かって青白い炎が向って行く。
「先生! 避けてください!」とオージーが声を上げ手を伸ばした。俺も慌てて魔法防御を展開しようとしたが間に合わない。
しかし、彼に炎が届いてしまう、まさにその時だ。突如超強化魔法防御が展開がされた。
なんとクロエがグリューネバルトの前に仁王立ちし、彼を守ったのだ。
「ここは任せてください」とニヤリと笑っている。しかし、額に汗が浮かんでいる。どうやら押されている様子だ。
「それさえ渡せば、以前のは、消えませんよ……っぐぐ」と左手を彼の顔の前に差し出した。
グリューネバルトは立ちはだかるクロエの背中で呼吸と態勢を整えると、彼女の問いかけに
「弟子たちの功績を消してしまうわけにはいかない! たとえスヴェニウムの二の舞になってしまってもな!」
と答え、クロエに向かってゆっくりと論文を差し出し、そして突き出されていた左手に載せた。
その瞬間、クロエは目に狂気の悦びを浮かび上があらせ、論文を力強く握りしめた。
「素晴らしい! 素晴らしい素晴らしい素晴らしい!! グリューネバルト卿、賢明な判断です! あなたはやはり素晴らしい人だ! これは我々が責任をもって処理いたします! ふっ、あは、あっは、あはははは、あっははははははははは!」
と狂ったように声を荒げヒステリックに笑いだした。
受け取った論文を服の中に乱暴に仕舞うと、両足をドンと鳴らし肩幅まで広げた。その顔は紅潮していたが、降りかかる高熱によるものではなく、まるで快楽に溺れたような表情であった。
そして絶頂に達したような顔になると防御魔法を反転魔法に置換したのだ。すぐさま炎が上げていた低い轟音は展開された反転魔法陣の悲鳴のような高音にかき消され、青白い炎は商会の保安部隊の方へと反射した。
魔法を唱えていた隊員を吹き飛ばすと、わずかに攻撃が途切れた。
その刹那の静けさのうちにクロエは反転魔法を解除した。そして、自らの杖をぶんぶんと回した後、高々と掲げて商会の保安部隊の集団の方へと突進していった。
突進しながらも魔法を唱えているのか、錬金術師であるにもかかわらず杖からは雷鳴、炎熱、氷雪と次々魔法を繰り出している。
異様なほど笑い声をあげ、恍惚な表情でなおの戦い続けるクロエにその場を任せ、できた隙に俺たちはラド・デル・マルへのポータルを開き、脱出した。
ポータルを閉じ切ると戦いの音と硝煙の匂い、クロエの狂乱の笑い声はたちどころに消えた。
ラド・デル・マルの街の外は静かで、夏虫の鳴く辺りはまるで戦いなど知らぬようだった。生まれて間もないのに修羅場を経験しすぎた双子は全く目を覚まさず、オージーの腕の中ですやすやと眠り続けている。その姿に覚まされて取り戻していく冷静さの中で俺は足の力が抜けるような気がした。
生死をかけた状況から解放されて緊張が解けてしまったことだけではない。
アカシカル・アルケミアと商会に実験の内容を漏らしたのは、間違いなく俺なのだ。
クロエには食事をしたときに見抜かれて、レアには信用と言う名を借りて情報提供をしてしまった。覚めていく興奮の代わりにその責任が肩に背中にのしかかる。
「イズミ、貴様が情報を漏らしたのだな?」
へたり込み頭を抱える俺にグリューネバルトが近づいてきた。
「そうです……。俺が二人に言いました」
それを聞いたアンネリがどすどすと詰め寄ってきた。
「どういうことよ! じゃあ、まるっきりあんたのせいじゃない!」
「アンネリ、止めなさい。イズミを責められる者はいない。実験の内容は遅かれ早かれ漏れるものだ」
だがグリューネバルトは予想外に俺を庇ったのだ。
「ちっ、な、何よ、もう!」
アンネリは砂を蹴った。彼女も薄々そう思っているようで、それ以上強く言うことはなかった。
「皆さん、とりあえず別宅へと移動しましょう」とティルナが言うと俺たちは遠くに見えているラド・デル・マルの街に向かって歩みだした。