藍色に黄昏るデオドラモミ 第十八話
私、ティルナ・カルデロンはヴィトー金融協会の剣士です。ですが、連盟政府内では大きな自治領を持つカルデロン家の者でもあります。
話は大分前にさかのぼります。アンヤちゃんとシーヴちゃんが誘拐されたときからです。
私がヴィトー金融協会からイズミさんたちに派遣された理由は、表向きは双子誘拐事件の捜査に参加することを装っていました。
ですが、実際は監査でした。イスペイネ自治領の会計監査です。信天翁五大家族の身であれば、管理中枢に容易に乗り込めるだろうということで私が行くように指示をされました。
ですがそれもカルデロン家の思惑でした。私が行くことで家族に有利に話を進められます。監査についてはヴィトー金融協会、ひいてはその背後にいた連盟政府の求めるものをカルデロンが伝えたい形で伝えました。
そして、その時に行動を共にしたイズミさんたちが、偶然にもブルゼイ・ストリカザの秘密を知ることになりました。
カミロ・シスネロスの話や、お二人がブルゼイ・ストリカザを削り落としていたことが頭目たちの耳に入り、いずれイズミさんたちがブルゼイ・ストリカザの秘密を暴くだろうと読んでいたのです。そこで私は再びストスリアのイズミさんたちのもとに派遣されました。
ヴィトー金融協会は自治領の会計情報を評価し、一定の成果を得られた褒美として私に休暇を与えました。その間に本当は辺境孤児支援基金の監査を秘密裏に行うはずでしたが、カミュちゃんは一人でやると言ったのです。私はそれに甘えて、監査は彼女に任せてブルゼイ・ストリカザの研究に参加しました。そして秘密を探ろうとしたのです。
当初、私はブルゼイ・ストリカザの情報さえ持ち帰られれば良かったのです。
「しかし、私はマリソルのかつての恋人であるグリューネバルト先生、ユウさんに会ってしまいました。そこで昔の話を聞いてしまったのです。ユウさんのマリソルへの気持ちを聞けば聞くほど、私は実験がうまくいってほしいと思うようになりました。もし成功して、求める結果が出れば、私も、そんな風に……。あ、いえ……」
ですが、そこでも邪魔が入ることになりました。それはトバイアス・ザカライア商会とアカシカル・アルケミアです。どこからか実験内容を聞きつけて妨害を行いました。アカシカル・アルケミアはこれまでの実績を取り消すという手段で、そしてトバイアス・ザカライア商会は意図的に壊れた機材を与えることで実験の妨害をしました。
この二つの勢力にとってこの実験はいいものでないのです。
「イズミさんは勘違いされていることが一つあります」
「どういうことだ?」
「トバイアス・ザカライア商会はスヴェンニーの秘技を欲しがっているのではありません。この世界から消し去ろうとしています」
「やはり、か」とグリューネバルトが頷いた。はっきりとしてはいなかったが、俺もそうなのではないかと思っていたので彼に続いた。
しかし、「ど、どういうことだ?」とオージーが身を乗り出してきた。
「皆さん、お気づきだったのですか?」とティルナは不思議そうな顔をした。
「オージー、すまない。君には言わなかったんだが、商会から手配された消耗品の中に意図的な細工がされてて、それのせいで俺は結果を出せなかったんだ。……あ、いやま、もともと下手なのもあるけど。俺が後から追加でやった実験でそれがわかったから、データに影響はない。そこは安心してくれ」
「隠していたことはこの際責めない」とオージーはため息をした。「だが、なぜそんなことを!?」
「わかりません……。ですが、かつてのスヴェリア連邦国の内乱は商会が技術を欲したわけではなく、潰そうとしたために起きたのです」とティルナは肩を落とした。
しかし、すぐに背筋を伸ばして両手を広げると「それよりも皆さん、まずはイスペイネ自治領に向かいましょう! 政府にも商会にも狙われているのです!」と訴えかけてきた。
「実験は終わりました。私はそれを消したくありません! スパイ行為の延長線上にあるものですが、私は今一人の人間としてその実験を守りたい!」
そこへ腕を組んでいたグリューネバルトが前に出た。
「確か、アルク・ワイゼンシャフトの本部は首都だが、審査委員会長はシスネロス家でイスペイネ自治領が本拠点だったな? そこに保存する気か?」
「できるなら。もちろん、皆さんの名前で!でも審査はしっかりさせていただきます」
「悩んでいる暇はないはず。イズミ君!」
すぐさまオージーは俺を見た。ならば迷っている暇はない。頷くと移動魔法を唱えラド・デル・マルの街までのポータルを開き始めた。
「ちょっと待ってよ! あたしたちの前の論文はどうなるの!?」
しかし、魔法を唱えている背後でアンネリが悲しそうに声を上げたので俺は詠唱を止めた。
「アナ! まずは逃げて生きることが大事だ!」
すかさずオージーが止めに入ったが、アンネリは続けた。
「最初アカシカル・アルケミアから話を聞いたときは何とかなるだろうとしか思ってなかったあたしも悪いと思う! でも、こんなことになるなんて思わなかった! いまさらこんなこと言うのは嫌だけど、あたしは結果を消したくない! グリューネバルト先生はどう思ってるのよ!? イズミ、あんたも消したくないでしょ!?」
泣きそうに訴えているアンネリの気持ちはよくわかる。確かに以前の論文は様々な障害を乗り越えたうえで掲載されたものだからだ。ただ実験が大変だった、ギリギリだった、というだけではないのだ。彼女はシーグバーンから受けていたハラスメントを乗り越えてまで成し遂げたものだ。彼女にとっては自らの自信の一旦なのだろう。
そう思うと何も言えなくなってしまうのだ。アンネリが俺に縋り付いてきた。
「どうするのよ!? あたしは消したくない! みんな、お願い……。オージーも先生も、なんでそんなに冷静なのよ? イズミ! あんたもなんか言いなさいよ! 消したくないでしょ? イズミ……なんとかしてよ! 前みたいに!」
クソ。俺だって消したくない。どうすればいいんだ。服を引っ張るアンネリを見下ろしたまま、まるで麻痺が起きたかのように動けなくなってしまった。
だが悩んでいる時間はなさそうだ。
研究室のドアが勢い良く開けられた。そして「待ってください!」と聞き覚えのある声が聞こえた。
声の方へ振り返ると、そこにはレアとクロエが立ちはだかりまるで逃がさないとでも言うように出口をふさいでいる。
「皆さん、待ってください! 論文を持ち逃げさせはしません!」