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藍色に黄昏るデオドラモミ 第十七話

「真似事ばかりではいつまでたっても越えられない。所詮貴様はマリソルのコピー剣士に過ぎない。だが完全な生き写しなど存在しない。そのほころびこそ貴様の弱さ!」


 グリューネバルトは攻撃の手を緩めることないが、先ほどとは変わって落ち着いた声色でティルナをに語りかけるようにしている。その穏やかな物言いが彼女をさらに追い詰める。


「違う! そ、そんなことはない!」


 ティルナの今にも消えてしまいそうなか弱い否定の声を聞いたグリューネバルトは突然笑い出し、衝撃波を止めた。そして両腕を広げて、


「ならば越えて見せろ! 今ここで見せてみろ!」


 とティルナの真正面に仁王立ちをした。


 無防備なグリューネバルトの姿を見たティルナは舐められているように感じたのだろう。震える腰を踏ん張ると怒りにキッと視線を血走らせ、立ち向かうように彼女も剣の柄を強く握り、攻撃態勢に入った。そして、足に力を籠め再び突進をし始めた。


 松明から登る火の粉の如く走る彼女は、その手の中の大きな剣を横に構えている。


「また突きか!? 繰り返しか!」


 だが剣は次第に下がり、背の高い草の先を僅かに切り、宙へと巻上げている。切っ先は下がり下段になりつつあるのだ。


「私が避けられぬ剣技できたか! ならば、ぬかるでない! その刃、私に届けてみなさい!」


 構えるグリューネバルトの声をかき消すように上げた掛け声とともに、ティルナは大きく彼の前に踏み込んだ。そして剣を力強く振るうと、空気を裂く音が響き渡る。だがタイミングがわずかに早かったようだ。グリューネバルトの鼻先でブンと空を切り、大きく弧を描いた。突きという彼の読みは外れたようだが、マリソルとの日々に刃は虚しく届かなかった。


 どうやら勝負あったか。


 しかし、わずかに宙に浮いたティルナは力強く振られた剣を立てた。


 勢いがついた彼女は回転し、その流れに身を任せるとグリューネバルトの背後をとったのだ! そして剣で背中を切りつけた!


 一転、余裕を失ったグリューネバルトはグッと呻りながら仰向けに倒れた。


 ティルナはざっと地面に足を付けると肩で息をしている。そして剣を杖にして立ち上がると、芝生の上で倒れ込んだグリューネバルトに近づいた。


「見たことのない剣の流れだ。美しいな。マリソルのようだ。いや、それ以上か……」


 倒れたままのグリューネバルトは、かすれた声で囁きゆっくりと目をつぶった。



しかし、ティルナの表情は硬く険しいままだ。


「なぜ」と見下ろす目をさらに鋭くすると、


「なぜ、手加減したのですか!?」


 と仰向けの老人に向かって怒りに任せたような声で言い放ち、それでも彼女は止まることなく捲し立て続ける。


「初太刀を交わして転ばせた時も、突きを交わした時も、あなたは私の急所を狙えたはずです!」


 負傷したはずのグリューネバルトはそれを聞くとフフッと笑った。そして、「それは君も同じではないか」と言うと起き上がり、自らの掌を見つめながら閉じては開いた。


「今まさに私を二つに切り裂くことも可能だったはずだ」


「ふざけないで!」


 ティルナは彼が言い終わる前に大声で遮った。


「そんなこと……、そんなことできるわけないじゃないですか!」


 彼女の手からティソーナが落ちると、芝生の上にザクリと突き刺さった。


「どうして……どうして大好きな人を切るなんてことをできると思うのですか!?」と膝が力なく芝生に崩れ、顔を押さえてしまった。


「マリソルは、マリソルはあなたを切ろうとしましたか……?」


 そして、ついにはへたり込んでしまったのだ。


「あなたたちを見捨てずに命令を無視して野営地に戻ったマリソルを、私がどうして嫌いになるのですか……?」と震えた声で、かすれかすれながらにそう言ったのだ。ゆっくりと手を離して顔を上げると藍色の瞳は涙で輝いている。


 それにグリューネバルトは驚いた顔になり、すがるようにティルナの肩に手をつき、


「君は40年前の話を知っているのか?」と揺らすように彼女に尋ねた。


 ティルナは目をごしごし擦ると、肩をつかむ男の目をまっすぐに見つめ返した。


「イスペイネで知らない者はいません。北の勇者が伝えに来ました。彼女は英雄として人の心の中で生き続けています」


「アルフレッドめ……。余計なことを」と大きく息を吸い込み、首を曲げながら夜空を見上げた。その先には、風に流された雲が浮かび月明かりに白く光っている。


「そうか、彼女は死んだ。生き返らせようともした。それを受け入れて生きてきた。だがマリソルは皆の心の中できれいなままで生きているのか」と微笑んだ。


「あなたが送り返してくれたティソーナは、本当は私の宝物です。剣に嫌われていても手を放したことはありません……」


「君はマリソルが大好きなのだな。私と同じように。剣を振るうたびに過るマリソルは美しいはずだ。君を嫌う剣がその美しい姿を君に見せるわけがない」


 ティルナは嗚咽を上げてグリューネバルトに力強く抱きついた。静かなフロイデンベルクアカデミアの中庭で泣き声は建物に反響し、いつまでも鳴り響いた。


「打撲だが、年寄りの腰をなかなか強く打ってくれたな。痛いではないか……。手加減しなさい」


 だがティルナははっとしたようにグリューネバルトから離れると「のんびりしてはいられない!」と立ち上がった。そして見守ることしかできなかった俺たちの方へ向き直った。


「皆さん、本当のことをすべてお話します。私はカルデロンだけではなく、イスペイネのスパイです。いえ、でした」

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