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藍色に黄昏るデオドラモミ 第十六話

 オージーとアンネリの家から開いたポータルを抜けると夜のフロイデンベルクアカデミアだった。


 月明かりが雲の切れ間から眩しく差し込んでいる。その中を俺たちは実験室を目指した。


 しかし、中庭の芝生を通り抜けているときだ。


「動かないでください!」と建物に反響した声が響き渡った。


 声は上から聞こえるようで、もう追手が来たのかと見上げるとそこには予想だにしない人物がいた。



 褐色の肌、背中の大きな剣。そして、わずかに吹く風に靡く髪の奥にある、深い青紫の瞳は月明かりに光り、力強くこちらを見下ろしている。


 建物の上にはティルナがいたのだ。


「私は実験を守らなければいけません! 論文を回収します!」と言うとティソーナを大きく掲げた。そして、月明かりに刃を光らせるとやぁぁぁ!と声を上げ飛び掛かってきた。


「“家族のために(パラ・ラ・ファミーレ)!”」と落下の勢いに合わせて振り下ろした剣で今にも俺たちを切ろうとしている。だがいくつもの建物に反響するその声は、響くせいで震えて聞こえてどこか悲しそうに聞こえる。


 なぜまた彼女が出てきたのか、その理由はどことなくわかっていたが、その悲し気に震える声にわずかに混乱させられ、俺たちは動きに鈍りが生じて隙ができてしまった。



 だが、ティソーナが目の前まで迫った、まさにその時だ。突如右横からブウンと言う低周波が聞こえると、周りの空気が波打つように見えた。

 その空気の波に巻き込まれたティルナは弾き飛ばされて悲鳴を上げた。


「小娘が。弟子たちに何をする気だ」


 思わず音のした方を見ると、建物の陰から聞き覚えのある声がした。ティルナは苦しそうな声を上げて立ち上がると、突風の吹いてきた方を睨め付けた。しかしすぐさま驚いたようになった。芝生を踏むザシリという音の後に暗がりから月明かりの下へ現れたのはグリューネバルトだったのだ。


「ユウさん!? 邪魔をしないでください!」


「悪いがさせてもらう。私を慕うものを差し置いて背中など向けられるものか。貴様の相手は私だ!」


「どうしても刃を向けなければいけないのですか!?」


 グリューネバルトは、上着を脱ぎ棄てると


「貴様はスパイであり、私の弟子たちを傷つけようとした。それ以上に立ちはだかる理由などあるか」


 と真っすぐにティルナに向かって杖を構えた。


「仕方がありませんね!」


 それに応えるかのようにティルナが飛び上がる様に起きると「やぁぁぁぁ!」と再び声を荒げ、ティソーナを掲げてグリューネバルトに向って行った。



 だが、グリューネバルトはどれだけ刃を向けられようとも、自らに強化魔法をかけようとはしない。それどころか、杖を掲げたまま石のように微動だにしない。


 剣がまさに振り下ろされるその瞬間、杖がわずかに動いた。その彼の動きに合わせてティルナはすかさず横から薙ぐように剣を振るった。


 しかし、杖にティソーナの切っ先が当たるや否や、杖でパンと弾いた。するとどうだろうか。ティルナはバランスを崩して跪いたのだ。


 渾身の一撃を軽くあしらわれた彼女の顔に焦りが見え始めた。


「どうした、小娘。太刀筋が丸見えだぞ」


 動かぬグリューネバルトに低くそう囁かれると、


「ど、どういうことですか!? なぜ読まれているのですか!?」


 ティルナの剣が震えている。どうやら焦りは顔だけでなく全身に広がったようだ。


 グリューネバルトは両手を広げ、


「懐かしい……。その振る舞いは実に懐かしい。40年前を思い出すようだ」


 と目をつぶると天に浮かぶ月を仰いだ。


「ふ、ふざけないで!」


 余裕な姿を見せつけられて逆上したティルナはティソーナを持ち上げて距離を取った。そして再び突進し、先ほどと同じように剣を横に振ろうとしている。


 しかし、「なるほど、突きか」とグリューネバルトは杖を立てわずかに傾けた。そして、軌跡が突然変わった切っ先をたやすく受け流した。するとまたしてもティルナは転んだ。


 だが彼女はすぐさま体勢を立て直し、今度は下段に構えた。


「私はそれだけが回避できなかったな」とグリューネバルトは、腰を低くし杖の先端と中間を握った。そして剣を受けると、勢いをゆっくりと殺していき、次第に鍔迫り合いのようになった。


「なぜ……すべて読めるのですか!?」


 ティソーナとデオドラモミの杖はこすれ合いギリギリと音を立てている。ティルナは目の前に立ちはだかる余裕の表情のグリューネバルトを睨み尋ねた。


「私はすべて見たからだ」


「な、何をですか!?未来をとでも言うのですか!?」


「貴様の太刀筋だ。何度言えばわかる」


 ティルナの視線がますます鋭くなり、飛び散る火花が多くなる。どうやら力をさらに込めているようだ。


「あ、あなたと剣を交えた覚えはありません!」


「私はある」とグリューネバルトはにたりと笑うと、


「何から何まですべてマリソルのそれと変わらない!剣も太刀筋も、私をユウと呼ぶその声も!」


 と声を荒げた。


 それにティルナは息をのむと力が抜けそうになったのか、押されかけると同時にバッとはじくと後ろに下がった。


グリューネバルトは杖を握りなおすと、「私がどれほどマリソルを見ていたか、貴様にはわかるまい!」と再び空気の振動を起こして攻めに転じ始めた。


「マリソルに似ていると言われるのが嫌なのは、麗しい強者である彼女より自分が弱いのを認めたくないからだろう!?強者と同じ剣を持つも越えられぬそれを恐れているのだ!」


 言葉を重ねるごとに振動は強くなっていった。


「違う!違う!」


 巻き起こされた強烈な風の中で叫ぶティルナの声は震えている。


「違う!違う違う!私は。私はぁ……」


 次第に声は小さく聞こえなくなっていった。

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