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藍色に黄昏るデオドラモミ 第十五話

 実験は終わった。だがそれ以降の論文も大変だ。書いてはダメだし、書いてはダメだしの書き直しの日々が続いた。いかにアトラクティブなものを書くかと言うのが求められる。動画サイトのサムネと同じだ。しかし、やりすぎると別のものになってしまうことにも気を配らなければいけない。どの図を使うか、アペンディクスに入れるか、それも考えなければいけない。参考文献を探すのも大変なのである。



 その日は論文書きが長引き、ひと段落したのは深夜になってしまった。日頃の疲れも溜まっており、オージーとアンネリはストスリアの二人の家に戻るなりぐっすりと眠りこけてしまった。アンヤとシーヴはいい子だ。夜間は比較的にしっかりと眠ってくれる。


 オージーもアンネリも、そして双子さえも疲れきり深い眠りに落ちてしまい、多少の物音では起きない。


 だが、その隙をついて、家に誰かが侵入してきたのだ。双子のいる部屋のドアは開け放されていて、侵入者はするりとその隙間を抜けた。そして双子の傍へと足音を立てずに近づいてきた。揺りかごに手を伸ばして、今にも双子を抱きかかえそうだ。



「ストップ。誰だ?」


 双子のいる部屋のロッキングチェアに座って眠りかかっていた俺は、床の軋むわずかな物音で目を覚まし、息と気配を殺してその様子を見ていたのだ。そのおかしさに杖で照明をつけると、明るみに出されたその侵入者の姿が露わになった。黒いフードを目深にかぶり、顔のやや右寄りに小さな穴が開いた黒い仮面をつけている。見るからに怪しい姿だ。


「生まれて間もない子どもを親がほっとくわけないだろ? ちょっと寝たいからその間は俺が見ててくれって言われたんだ。双子ちゃん起きちゃうから気配を完全に断つ魔法練習したんだよ。俺は二人ほど疲れていないからな。それに何度も双子を誘拐されるわけにはいかないんでね。どちらさまだ?」


 チェアから立ち上がり杖に手をかけてにじり寄ると、侵入者は揺りかごから大きく飛びのいた。そして

聖なる虹の橋(イリスとビフレスト)を架ける者。無限にあるその支柱の一つ」と、くぐもった声で答えた。機械的な音を蓋で覆ったようなそれは人間のものとは思えない。どうやら声を変えているのだろう。


「かっこつけんな! よくわからん! まぁでも顔も声も隠している奴がまともに名乗るわけないよな?」


 俺は右足を前に出し、踏み込むようにして杖を構えた。


 その動きに合わせるように侵入者は「邪魔をするな!」と叫び袖を大きく振ると、白い腕と袖の隙間から何か光るものを投げてきた。


「投げナイフか。悪いが慣れてるんだよ!」


 俺はナイフを避けず、当たる直前に体の目の前から侵入者の背後へポータルを開いて繋げた。僅かに開かれたポータルにナイフが消えると同時に杖を握り直し、身体強化をした右足に力を籠め走り出した。侵入者は向かってくる俺を避けようとしたが、同じくして背後のポータルを抜けたナイフが背中に刺さりふらついた。その隙へ迷わず突進し、杖の先端の硬い金属部を前に突き出した。


「自分のナイフの切れ味はどうだぁ!?」


 グモッと鈍い音がすると杖先に確かな手ごたえはあった。侵入者の腹部にうまく直撃させられたが、筋肉があるのか、鋼鉄のような硬さだ。浅い。これでは膝をつかない。

だが、仮面の中からグッと呻き声が聞こえた。どうやら少しばかり効いたようだ。その時に何かを落したのか、チャリンと金属音がした。


 侵入者はすぐさま杖を払いのけると窓から出て行ってしまった。



 深追いはしない。窓の外から深夜の街並みに消えて行く黒い後姿を見送っていると、


「どうしたんだ!? イズミ君!?」


 大きな音に驚いて目を覚ましたオージーとアンネリが部屋に入ってきた。そして杖を握りしめる俺とやや荒れた部屋の様子を交互に見て息をのんでいる。


 安心させるように鼻から息を吐きだして、「双子がまた誘拐されそうになった。未然に防げた。だけど、なんでまた」と言うと、二人は落ち着いたようになり、アンネリは双子の傍へかけていき抱き上げた。


 杖を仕舞いながら俺はふと床を見ると侵入者が落していった何かを見つけた。さっき落としていったのはこれか、と拾い上げてそれを見ると、王冠を被ったライオンが球体を咥えて、その周りを自分の尻尾を飲み込む蛇が取り囲んでいる紋章が描かれていた。それはアカシカル・アルケミアの紋章だ。


 俺はそのバッチを見ながら、侵入者の言った“聖なる虹の橋(イリスとビフレスト)を架ける者”という言葉を思い返していた。どうも引っかかるのだ。


 口元に手を当てそのもやもやとしたことを考えると、なぜかカトウを思い出した。そう言えばあいつが秘密結社がどうとか、言っていた。


 まさか聖架隊(せいかたい)か!?


 そして、もし今の侵入者がその隊員だと仮定して、そいつがこのバッチを落していったと考えるとアカシカル・アルケミアと聖架隊はつながりがあることになる。


 だが、カトウが諜報機関と言っていた聖架隊とはなんだ?一体どこのだ?


 思い起こせば、モンタンも同じ“聖なる虹の橋(イリスとビフレスト)を架ける者”と言っていた。

その時に奴が並べて言ったのは、自警団、スヴェンニー、共和国のスパイ。これらを並べたと言うことは、それ以外である可能性が高い。


 では、ヴィトー金融協会はどうかというと、モンタンがカミロを殺した現場にはティルナがいた。同様の理由でカルデロンも除外できる。ではトバイアス・ザカライア商会はどうだろうか。だが、商会はイスペイネ自治領には入れないし、現時点でレアがいる。そして何人もスパイを送り込むには俺たちの規模が小さすぎる。だとすると考えられるのは……。


 マズいことになってきたかもしれない!


「二人とも。大事なものと双子を持て。これからまずフロイデンベルクアカデミアに逃げるぞ!」


 俺は自らの結論に強烈な危機を感じた。脇が冷たくなり額から汗が噴き出る様な感覚に襲われる。その相手は双子を交渉材料に使おうとしていたのだろう。誘拐されたならまた取り返せば済むことだが、今回は相手が悪い。イスペイネの時の双子誘拐は落伍者の道楽だった。しかし、今回は相手の桁が違う。


 おそらくだが、連盟政府そのものだ。


 立ち向かうより逃げたほうがいいだろう。とにかくまずはフロイデンベルクアカデミアだ。

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