藍色に黄昏るデオドラモミ 第十四話
そして、装置の中から魔法陣の書かれている紫紺色をした基盤のようなものを引っ張り出してくると、裏返したり表を向けたりと確認した後俺とアンネリに見せつけてきた。
「貴様ら、この部分には触れたか?」
アンネリが首をかしげると俺を見た。俺も見たことがないのでそれが何かわからない。
すると「ここを見なさい」と人差し指で書かれた線をなぞった。指先がさす部分には擦って消されたような痕があり、さらに新しく上から塗り重ねられたように分岐して下の線へとつながっていた。
それを見た途端、アンネリは声を荒げた。「これじゃ結果出せないじゃない!」
「魔力伝線が一部変更されて繋がれている。ひっかき傷のような偶発的な初期不良ならいざ知らず、これは消されてなお書き換えられている。それに検出装置本体には致命的な誤作動を起こさないように工夫までされている。これは明らかに人為的な物だ」
グリューネバルトは繋がれていた配線をすべて外すとテーブルの上に置いた。見る方向で変わる反射光は不気味な紫をしている。
「この部分はだいたい四、五回で劣化するので使い捨てだ。ティルナが……カルデロン・デ・コメルティオから手配した分はもう使い切った。したがって今使っているこれはトバイアス・ザカライア商会が手配したものだ」と言うと、眉を上げて含みを持たせるように俺を見た。
「それってつまり……。いや、まさかですよね?」と苦笑いを浮かべて見返した。
「残念だがそのまさかだ。トバイアス・ザカライア商会の手配した高次元式魔力検出装置の消耗品には意図的に失敗するものが仕込まれているのかもしれない。これだけではなく、ここにある在庫すべてにな」
「でも、これはレア個人で調達してもらったもので商会は関与していないはずですが」
するとグリューネバルトは腕を組んで神妙な顔をした。
「イズミ、努々忘れるな。商会の者は天地がひっくり返ろうと、商人であることをな。取引は信用の上に成り立つが、その足元にはさらに利益追求がある。金銭が絡むと濁るような気がするから、誰もがそこを見て見ぬふりをする。見ていないからこそ簡単に足をすくえるのだ」
「いや、でも、彼女は俺たちの仲間ですよ?あんまり疑いたくないのですが」
「信じられないか? 信じたくないのは分かる。長年の付き合いだと取引相手がお友達感覚になるのは誰でも一緒だ。だが今目の前でアンネリが失敗したのを目の当たりにしただろう? どうしても受け入れられないというならば今度は私がやろう。自分たちのした失敗を覚えているな? ここで、その部品を商会手配の新しいものと交換して、もし私がやって同じ失敗が起きたら、残念だがそういうことだ」
俺たちは部品を新しい物に入れ替える準備に取り掛かった。三人の目の前で開封したので真新しい物であることはゆるぎない。
内蓋を開けて確認すると、劣化する前の色は紫ではなく黒い色をしていたが部品に描かれていた魔法陣にはやはり同様な細工と思しきものがされていた。そして部品をセットしいよいよグリューネバルトが装置を操作した。すると特定魔力指数を示すメーターが全く同じようにオーバーしそうになったのだ。彼の言った通りのことが起きたのだ。
だが俺はそれをどうしても信じたくなかった。グリューネバルトが意図的に失敗したのではないかと思いたいほどだ。しかし、彼は何度も言うが研究のエキスパートであり、残念なことに真剣に装置を触る後ろ姿に偽りはなかった。俺は商会を、そして信用していた仲間であるレアさえも疑わざるを得なくなってしまったのだ。
「イズミ、アンネリ、貴様らはこれを黙っていろ。今この場では、商会がなぜこういう行動に出たかの説明は省く。それからオージーにも伝えるな。イズミ、貴様の実験がへたくそで、商会手配の道具を全部だめにしてしまった、ということにしろ。商会の小娘には資金繰りの関係で実験は一旦停止だと伝えて搬入はストップさせろ。これ以上意図的不良品に出す金はない」
装置を止めて俺たちの方へ向き直ったグリューネバルトの目つきは鋭く、それだけではなく不安な光も見える。机に置かれた指はとんとんと音を立てていて、表には出さないが彼の焦りをピリピリと感じる。その姿はこれまで見たことがなく異様で、俺はこの話にはとんでもないことが隠されていて、そうすることで誤魔化すしかできないような気がしたので、つばを飲み込んで頷いた。
それから休憩ついでの双子の散歩から戻ってきたオージーに俺は「ごめん。残ってた道具全部パーにしちゃった☆」といって謝罪した。怒られるかと思ったが、苦々しく笑って許してくれた。(頬や眼瞼のぴく付き具合からすると相当怒っていそうだったが)。
その実験自体は自主的に行ったようなものなので、あとは論文自体を書けば出来上がる。その日以降はもう実験をすることはなく、オージーとアンネリの論文書きの手伝いをひたすらに行った。