藍色に黄昏るデオドラモミ 第十三話
「空気わっる」とアンネリはついた頬杖の人差し指で頬を叩いている。
「まぁなぁ……、でも技術盗られたら元も子もないから仕方ないんじゃない?」
俺はアンネリの監視の下、解析の手伝いをしていた。機械を操作する横で彼女が検出器から出てくる紙を面倒くさそうに見ている。
グリューネバルトがスパイ行為をしていたティルナに出入りを禁じたおかげで、彼女はすっぱり顔を出さなくなった。
スパイなので、チワーッス、みたいな感じで顔を出されても困るのだが、彼女は持ち前にいい子なのでムードメーカーみたいな役割を担っていたところもあった。スパイでありながらいないと寂しく感じてしまうところがあるのだ。一緒に出掛けていたグリューネバルトは研究室にいる時間も増え、実験を見守ることも多くなっていた。
「確かに盗まれるのはヤだけどさ。でもティルナ、ちょっとかわいそすぎない? あんクソ老害サイアクね。うら若き乙女の心弄ぶとか」とアンネリは伸びをして椅子の背もたれに寄りかかり、機械から出てきた紙を目で追い始めた。
「初恋はうまくいかないもんでしょーよ。年も離れてるし。恋は雨上がりの……あ」視界の隅に見えていた計器の針が赤のゾーンを越えようとしていることに気が付いた。
アンネリに呼びかけようと彼女の方へ手を伸ばすと、彼女は何かの気配を察したのか振り向いてくれた。そして、計器を二度見をするとわたわたと操作盤に駆け寄り、「ちょ!? イズミ!? 何やってんの!? あんたバカ!?」と装置を非常停止した。
特定魔力指数を示すメーターがオーバーしそうになっていたのだ。ンンンンという低い音だけが残ると、検出中のカリカリと言う音が次第に弱まっていき、そしてプシューと蒸気を出して止まった。
「何やってんのよ、もー……」と呆れたようにため息をした。「機械壊す気? つかさ、なんであんたがやると毎回結果でないワケ? 出ても外れ値だしさぁ」
「……すまん」
と言う調子で俺が実験をすると必ずと言ってもいいほど失敗するのだ。しかし、俺がやると必ず失敗する実験をなぜその俺がやっているのか。
実のところ、ティルナが持ち込んでくれた分の道具で必要な実験は終わらせることができたのだ。後でアクセプトを受けるための追加実験とかについては、ひとまずここでは置いておこう。
保存させてくださいとわざわざ相手側から出向いてくれたアカシカル・アルケミアとは半ばケンカ別れと言うことになり、すっかりそこで出すつもりでいた俺たちはまだどこのビブリオテークに論文を保存してもらうかと言うことすら決まっていないのだから。
そして、精度を上げるためにもう一度行っているのだ。それだけではなく、俺も論文にオーサーとして三番目か四番目に名前を書き込まれることになっているので、実験の内容を全く把握していないとか、何にもしていないというのは良くないのだ。
ティルナが持ち込んでくれた道具もほとんどなくなっていて、トバイアス・ザカライア商会が手配した道具を使っていた。正直、道具にも使用期限があり頼んだ分は使い切らなければいけないというのもある。
機械の前で休憩しながらアンネリは人差し指で眉をなぞっている。
「でも、なんか変なのよねー……。あんた昔大学ってとこで実験してたんでしょ? 手つきもそれっぽいからできると思うんだけど……」
「確かに実験はしてたけど魔法はなかったなぁ」
俺は大学で、中心的ではないが実験をしていた。大学院生の実験の手伝いをしていたのだ。そんなことを思い出しながら椅子の背もたれに頭を載せた。
「ちょっとあたしやってみてもいい?」
しばらくすると突然アンネリが俺をかき分けて装置の前に座り計測を始めた。すると特定魔力指数が順調に上がり続け、その後は安定した値で止まった。
「ホラ、見なさいよ。ヘタピー」と、ニカッと歯を見せて俺を見た。しかし、その目を離した僅かな隙に何かが起きたようだ。
「あ、あれ? なんでまた数値あがってきちゃったの?」
計器類に視線を戻したアンネリが焦りだした。そしてあっという間に俺が先ほど出したような数値に近づいてきてしまったのだ。すると彼女はああ、もう! と慌てて非常停止した。
俺は何も言わずにアンネリを見てしまった。彼女はそれを睨み返すようになると
「な、何よ!? 誰だって失敗するわよ! ……お、同じ装置だけど、使ってる試料のメーカーが違うから条件が違ってるからよ! ふん!」とそっぽを向いてしまった。
「イズミ、貴様は何回実験をした?」
そこへ突然後ろからグリューネバルトが話しかけてきた。どうやら実験している様子を見ていたようだ。そして、装置の前の作業机に手を載せて計器類を覗き込み始めた。
「俺はさっきので五回目です」と俺が言うと彼は眉間にしわを寄せた。
「ふむ、そうか…。ここではまだ影響は出ないはずだが……」と言うとグリューネバルトが装置に身を乗り出した。装置についていたダイヤルの一つを右に左に大きく回した。
「メインテナンス不足かもしれないな」と装置の横に回り込み蓋を開けた。そして中から何やら光るものやら配線やらを引っ張り出してチェックを始めたのだ。
何が始まったのだろうかと、五分ほどその様子を見ていると突然「……何だこれは」とグリューネバルトが呟いた。