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藍色に黄昏るデオドラモミ 第十二話

 三日後にはティルナが手配した道具を搬入する作業が始まった。どうやら移動用のマジックアイテムをカミュに頼んで借りたらしい。

 よほどグリューネバルトの役に立ちたいのだろう。だが少々張り切り過ぎだ。それでは金融協会業務で使用することもあるはずのカミュに申し訳ないので、搬入があるときはキューディラで事前に俺に連絡してくれればラド・デル・マルまで迎えに行くとティルナに伝えた。


 それからも二、三日に一度のペースで搬入が繰り返された。それに合わせてまるで遅れていた時間を取り戻すかのように、日々実験は進んでいった。



 その日は資材の搬入の日だった。頼んでいた資材よりも大きな箱がいくつか並び、大変な作業になっていたが、そのほとんどが終わりに差し掛かろうとしていた。最後に残った木箱は重たく、運び込む前に休憩しているときのことだ。


 その木箱の近くの壁に不安定に立てかけておいた金属の棒が倒れて、木箱にぶつかってしまった。ガランガランという乾いた音と一緒にパリンとガラスの割れる音まで聞こえた。どうやら金属の棒は重たいもので木箱を壊してしまい、さらに中に入っていた物を割ってしまったようだ。


 しまったな、中身は何だっただろう、と思いそちらの方を見ると見たことのある小さな黒い球体が出現した。それは俺がかつてコントロールできずに暴走させたことのある物に似ていた。なんだろうと様子を窺っていると、それは次第に大きくなり、直径90センチほどになった。そこで大きくなるのは止まった。


 だが自分たちの周りの様子がおかしくなり始めていた。小さな埃や転がっていた小石がカタカタと動き出し、そしてゆっくりとその球体に吸い込まれ始めたのだ。すぐに勢いは強くなり、小石や埃どころではなく木箱の破片や空の木箱など大きなものまで吸い込み始め、そしてついには俺たちまで吸い込まれ始めたのだ。


 その球体に俺よりも近くにいたティルナが動き出して吸い込まれ始めてしまった。俺は咄嗟に慌てるティルナの腕を掴んで、杖を地面に突き刺した。杖は賢いのですぐに根を張ったかのように地面にかじりついてくれた。しかし、どんどん力は強くなっていく。やがて腕の力では何とかできないほどになり、今にもちぎれてしまいそうなほど引っ張られてしまったのだ。


 しかし、痛みのあまり手を離してしまいそうになった瞬間、グリューネバルトが現れたのだ。事態をすぐに理解したのか、何かの呪文を唱え始めた。すると吸い込まれる力は弱くなっていき、宙に浮いていたティルナは地面にどさりと落ちた。その隙に俺は彼女を引き摺り安全圏まで連れだした。


 その後もグリューネバルトは抑え込んでいたが「ダメだ! もたない! イズミ! 人のいないところへポータルを開きなさい!」と叫んだ。

 すぐさま俺はストスリアの訓練場へのポータルを開いた。ちらりと向こう側を覗くと誰もいなかったので、そのままポータルを移動させ、黒い球体を送り出しポータルを閉じた。


 その場はひとまず収まったが、訓練場の様子が気になり再度ポータルを開き遠くから様子を見守っていると、以前俺が放った球体と同じように大爆発を起こした。どうやら何も巻き込まずに済んだ様子だが、遠くからでもわかるほどのクレーターを作ってしまった。



 事態が落ち着いたので、重たい木箱があったあたりを調べると球体に飲み込まれた部分は空間ごと切り取られたようにきれいさっぱり何もなくなっていた。しかし、球体の縁の外側に残されたガラス破片をグリューネバルトが摘まみ上げた。


「なぜ、これがここにあるのだ……?」


 それは真っ黒くなったガラス片で、チューブ状になっている。


「なんですか? それ」


「これは疑似特異点物質の入った真真空管の残骸だ」


「ご、ごめんなさい。実は高次元式魔力検出装置をばらしてこっそり持ち込もうとしていました」


 するとティルナがぼさぼさになった髪を整えながら立ち上がり、そう言った。


 その言葉にグリューネバルトは目を見開いた。しかし、すぐさま表情を戻すと


「高次元式魔力検出装置には、動かすための疑似特異点物質が入った真真空管があるのを君は知っているな?」


 とティルナに尋ねた。彼は表情こそないが強く見つめるようで少し怒っている様にも見える。


「それは割れたり、ひびが入ったりすると周囲を圧縮してしまい何もない状態にする。今見た通り一つなら研究室が一つ吹っ飛ぶだけだが、その装置には九つ積まれていて非常に危ない。安価ではあるが、それゆえにとても厳重な管理が必要で、一剣士が手に入れられるものではない。どうやって手に入れた?」


 ティルナはグリューネバルトの気迫に押されそうになったがすかさずに応えた。


「危ないことになったのは謝ります。でも、わ、私はカルデロン家の者です。だから持ち込めたんですよ! 舐めないでください!」


「ということは、大頭目である君の義兄も知ったということだな? これは相当な立場でなければ持ち出せない場所に保管されている」


 グリューネバルトは割れた真真空管を立てるように見せつけると、それは部屋の中の灯りをきらりと照り返した。それにティルナの瞳が震え始めた。だが彼はさらに続けた。


「そのうえでこの危ない真真空管を持ち出せた。いとも簡単に」


 騒ぎを聞きつけたオージーとアンネリが遅れて顔を出した。しかし、恩師が怒っているのに気づき口を開けて立ちすくんでいた。

 グリューネバルトの視線が突然険しくなった。これまでになく、はっきりとした怒りを目に浮かべてティルナを睨みつけている。


「お前はやはりカルデロンから遣わされたな?」


「でも……でも……」


 ティルナは否定をしなかった。だが、何か必死で言い訳を探すように辺りを見回し、視線を泳がせている。腰を低くして探るように手を動かし、一歩ずつ彼に近づいていた。


「私に妙に親しかったのは、技術が目的か?」


「違う!」と声を荒げた。そして「わ、私はあなたのために!」と言うと胸の前で腕を組んだ。


 次第に内股になり震えだすと「あなたが……大好きだから……」と小さな声で言った。そして目の前に立ちはだかるグリューネバルトを再びまっすぐ見つめると、


「先生から……ユウさんから、大叔母……おばあちゃんのお姉さんのマリソルのことたくさん聞いて、私もそんな風に愛されてみたいって。似ている私なら力になれると思って……!」


 声は体と同じように震えていて、青紫の瞳は悲しみに涙が光り始めていた。



 グリューネバルトは目を閉じ、鼻から息を吸い込んだ。そして「出て行きなさい」とティルナに静かに言った。


「研究機関で他人の実験記録を盗んだり、破棄したりはよくある話だ。だが、私たちは一つのチームとしてやっている。そこへスパイ行為をする君をいさせる理由はもうない。出て行きなさい」


 ティルナはそれを聞くと、はわわ、と声を上ずらせて泣きだしそうになった。しかし、堪えたのか走り出して、そのまま研究室を出て行ってしまった。グリューネバルトは決して強くは言わなかった。だがティルナは深く傷ついてしまったようだ。


 何も言わずにグリューネバルトを見てしまった。俺だけではなく、オージーもアンネリも。

「何をしている」とその視線に気が付き、俺たちを見回すと「邪魔者はいなくなった。実験を再開するぞ。幸い道具もあることだ」と冷たく言い放ち、実験機具の方へと向って行った。


 ティルナが出て行ったドアは閉められることはなく、風もないのに虚しく揺れた。

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