真っ赤な髪の女の子 第七話
アニエスは10歳の時に才能を見出されて魔術学校(全寮制女子校)に入学し、成績は優秀で5年の過程を3年でクリアした。
以前より勇者業をしていた両親のもとで魔法使いとして働き始めた。以来12年間、両親を支えている。そしてやはりパン屋の娘であるからか料理は上手らしい。
彼女は魔法を全般的に扱える。寒冷地育ちのためか吹雪を起こしたり止めたりする氷雪系は特に得意らしい。
「ま、魔法使いに選ばれると、何かしらの形で杖を手にするんです。選ばれない人、たとえその人がどれだけ強欲でも、杖と接しても必要性を見いだせないらしい、です。その出会いはどんな形かは人それぞれです。強烈に欲しくなったり、作りたくなったりさまざまです。学校を出ても杖が無い人もざらにいます。誰かを殺して、なんていう場合もある、そうです、よ。あっ」
そう言った瞬間、彼女はハッとして顔から血の気が引いて後ずさりして腰が抜けて尻もちをついた。あうあうと震え出し目には涙を浮かべている。
やはり学校を出てもいないのにいきなりこんな杖を持っているのは怪しいようだ。
「杖屋で買いました」
人をなんだと思っているのかとちょっと腹が立ったのでからかってやろうとも思ったが、彼女の場合真に受けてしまいこの後の関係に何とも言えない軋轢を生みかねないので、すぐに本当のことを伝えた。
安心したようにため息を吐くと、立ち上がりケープに付いた雪を払った。
「杖屋? つ、杖を扱う店なんて今時珍しいですね。そ、僧侶や錬金術師も杖ですが、人口自体は少なくないですが、基本的に高価な物しか無くて商売にはならないのでとっくに絶滅したのかと思ってました」
彼女は才能ゆえに杖に対してこだわりはなく、実家に無駄な出費をさせないために庭に置いてあったトウヒの倒木で軸を作り、不要になった銀食器を黒い焔で融かして1週間寝ずに呪いをかけ、こちらでは珍しいムラサキツメクサとマーガレットでアクセントをあしらい自作をしたらしい。
彼女いわく、杖製学なる学問があり、ぐちゃぐちゃに混ぜ込んでもそれなりの物ができあがるのでどれだけ勉強しても実際のところ意味などなく、高価で珍しい材料、たとえば、ハチワレのオス三毛猫の猫又の13番目の真っ白な尾やごくまれにいるアルビノのイノシシの毛皮から抽出した色のない色素などといった通常では手に入れられない物を集められるコネがものをいうらしい。
「わ、私の杖はプンゲンストウヒという木から作りました」
プンゲンストウヒ、実家の庭に生えていた木だ。俺が生まれたときにはすでにあった。最初見たときは小さな木で、幼稚園ぐらいの時ですら小さいなと感じていたが、それから何年か過ごして高校を卒業するころには大きいなと思うようになっていた。
「種類はホプシーですか?」
「イズミさん、わかるのですか? 割と珍しい樹木ですが、確かにホプシーです」
「母親が好きで実家の庭に生えていたもので」
「そうなんですか。変わったお母様ですね。倒木についていた葉が銀青色でとてもきれいだったので、薪にするなら杖にするって両親に頼み込んだのです」
母親も同じことを言っていた。ホプシー、コスター、ファットアルバート、その数あるプンゲンストウヒの中で銀青色がきれいなホプシーは特に気に入っていた。
この世界に来て久しく忘れていた実家の庭を思い出して、懐かしいような悲しいような、それでいて暖かいような郷愁に駆られた。この村に来てからは昔を思い出してばかりでどうも調子が狂う。
「それにしてもイズミさんは素晴らしい杖をお持ちなのですね。お名前はなんていうんですか?」
「ぽ、ぽっきーです。全然使いこなせていないのでなんとも恥ずかしいのですが」
「ぽぽっきー、ですか。なんだかかわいらしい名前ですね。イズミさんは良い杖に選ばれたってことですよ。きっとこれからなんですよ」
「……ぽっきー、です。それにしてもアニエスさんの杖、なんだか素敵ですよね。大事にされて喜んでいるような感じがします。俺の昔住んでいた国では、大事にされたものには神様が宿るって」
「神様、ですか。魔術の理論が高度に解明されてきて信仰も薄れてきた時代ですが、そうだと素敵ですね。この杖は自作ですから選ばれたというよりは選んだみたいなもので、愛着があるんですよ」
高価なうえに機能性も高く見た目もいい杖を持っているが、ほとんど全く全然少しも使いこなせていない自分がみっともない。自作で見た目がいいとはお世辞にも言えない彼女の杖のほうが何倍にも素晴らしく、どんな業物よりも価値があるように目に映る。
きっとそのホプシーは自らが杖になることを悟り、アニエスのもとに導かれ、そして今があるのだろう。自らの手で作りだして、そして大事に使い続けられるアニエスがとてもうらやましい。
表情に何か出ていたのか、アニエスは顔を覗き込んできた。
「イズミさんが、その、少しうまくいかないのはそこかもしれませんね」
と優しく囁くように上を向いて言った。
「どういうことですか?」
「自分の持ち物、信じてみてください。それから自分自身も」
日本にいたころに無くした自信。いまさら取り返しなどつくのだろうか。
ここは日本ではない。だから自信も何もかもすべてゼロから!と簡単に割り切れるほど俺は強くない。俺が俺でいる限り、1000回転生しようともマイナスで始まる。もしゼロになっていようものならそれは生まれ変わりであり俺の存在はないのだ。
でも、一つだけ確かなものがある。それはこの世界について未だに何も知らないことだ。日本にいたときもすべてを知っていたわけではないが、そこにいる俺はダメだという負のイメージを自分の中で蓄積して生きていた。
しかし、まだこの世界のイメージは負でも正でもない。チームシバサキを抜け冷静になり日々を送ることで、俺はダメだという元の世界の負のイメージをただ引きずっているのではないだろうかと気が付いた。つまり、俺は俺のままで赤ん坊になったようなものだ。
少しだけ前を見てもいいのではないだろうか。
「持ってみます?」