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藍色に黄昏るデオドラモミ 第九話

 せみ時雨の残暑の中を走り抜け、汗だくになってまで伝えに来てくれたレアを椅子に座らせて落ち着かせた。


「道具の発注が受けられないって、どういうこと?」


 アンネリが腕を組んで壁に寄りかかりながらレアに尋ねた。するとレアは申し訳なさそうにアンネリの方を見上げた。


「どうやら次週以降、商会は実験器具の販売の縮小を検討している様子です。もう収まりましたが、古典復興運動の影響です。

 私は販売がメインなので生産工場の様子を直接見たわけではないのではっきりしたことは言えないのですが、その運動中に工場が生産をストップしてしまいまして、複雑なものもあり再稼働に時間を要していました。

 これまではなんとか在庫で粘ってきましたが、どうやらしわ寄せが今頃来てしまったようです。私にも販売差し止め要請が来てしまいました。どうやらここ、フロイデンベルクアカデミアが特に影響があるようで、出入りしていた私には要請と言うより命令のような形で指示されました。

 具体的のどの実験に対してとは言われませんでしたが、私個人が強く言われたことを鑑みると、高価なものを使うことの多い、この実験についてではないかと思われます」


 と言うとがっくりと肩を落とした。


 これはまずいことになってしまった。これまでの論文取り下げ程度ならグリューネバルトがごね得を発揮すれば実験を継続できることに変わりはなかった。しかし、実験は道具がなければ何もできないのだ。偉大で立派なリサーチマインドという灯台の灯を頼りに無から作り出せばいいじゃない、と言うわけにもいかない。


 さらに追い打ちをかけるような事態になってしまったのだ。

 グリューネバルトはあきれ返ってしまったようだ。デスクに頬杖を突き、額を指で擦っている。そして「どいつもこいつも……邪魔ばかりしおって」と目を閉じて小さく囁いた。


 レアは顔を上げて、その場にいる全員の顔を見回した。


「私はイズミさんたちにはお世話になっているので……いえ、こういう言い方だとどこか他人行儀に感じるので、イズミさんの仲間なので何とかできないかとこれから本部へと交渉に向かいます」


「そうしてもらえると助かる。論文取り下げの件もあって少しでも早めにこの実験の論文を書き上げてしまいたいんだ」とオージーは椅子から立ち上がった。

 するとレアは頷き、立ち上がって再び全員を見回した。そして帰り支度を始めた。俺は支度をしているレアを呼び止めて、気になっていたことを尋ねた。


「レア、帰る前にいいか? 工場の生産が滞ってるのはまた政府からの情報?」


「いえ、ではないです。それははっきりしています」


 となると、在庫の話は商会の上層部からの情報と言うことだ。そのとき俺は騒動の際のカミロの話を最後まで思い出した。彼が死の間際に訴えかけたスヴェンニーの過去の歴史の中では、確か“商会から愛想をつかされた広啓派”と“イスペイネに逃げ延びた神秘派”と言っていた。どちらにしろスヴェンニーを商会があまり良くないと思っているのは間違いないのだ。俺は念を押すように彼女に再び尋ねた。


「もう一つ、スヴェンニーがらみではないんだな?」


 その瞬間、レアの目つきが少し鋭くなり、支度の手が止まった。


「イズミさん、それはこの間言っていたことですか? 私も話を聞いた後、少し調べました。しかし、それはあまりにも昔のこと過ぎて、商会内でもぼんやりとした昔話のレベルでした。確かに技術を失ったスヴェンニーたちと折り合いが悪くなったのは間違いないようですが、それはもう過去の話です。そんなことをいつまでも引きずっていては未来を見ることはできません」


 とレアはやや語気を強めてそう言った。それから、失礼します、と言うと彼女は少し怒ったようにドアを強く閉めて部屋を出て行った。


 レアには申し訳ないことを聞いたと少し後悔した。だが、気になることもある。俺は掌で口を覆い考え始めた。


 もし、商会がアカシカル・アルケミア同様に政府からの指示で実験中断を狙っているとしたら、スヴェンニーが関与しているのは間違いないはずだった。少し憤慨するという彼女の反応を見る限り、どうもそうではないようだ。だが、フロイデンベルクアカデミアで実験をしているオージーとアンネリをピンポイントで狙ったような販売差し止めは実験を中断させようとしている可能性が高い。


 しかし、それでは疑問が残る。


 なぜだ? レアの言った通り、スヴェンニーと商会の間柄については昔の話ではあるが、あの技術が画期的な物であればあるほど、商人であるがゆえに例え過去に遺恨があろうともその市場を独占しようと欲しがるはずだ。ならばもっと実験に対して積極的に関与してきてもいいはずなのだ。大量のリソースを提供し、いかに早く研究を終わらせるか。そしてその見返りとして技術を独占契約する、と言うのが考えられないだろうか。そう、例えばダリダの開発したキューディラを使った掲示板機能だ。彼女はかつて秘密を条件に商会に売ったと言っていた。


 トバイアス・ザカライア商会は一体何を考えているのだろうか。まさか本当に工場の在庫切れなのだろうか。

 強く閉められたドアの音が無くなると、研究室はにわかに手詰まり感に支配され、諦めと倦怠感が漂い始めた。


 誰が言ったか知らないが、オージーとアンネリの論文取り下げの話とトバイアス・ザカライア商会の販売規模縮小の話はあっという間にフロイデンベルクアカデミアに広まった。そこにいる学者・学生は変態でお互いに干渉しないようなそぶりを見せる割に、変態ゆえに学閥が強烈なネットワークを形成しているのだ。


 そしてさらに次の日にはストスリアの街全体にも広まったのだ。

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