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藍色に黄昏るデオドラモミ 第八話

 アカシカル・アルケミアのオージーとアンネリの論文保存に関して再検討することについての連絡をクロエから受けて一週間が経った。彼女はあれ以来すっかり顔を出さなくなってしまった。もし俺が彼女の立場なら出せるわけもないと思う。


 彼女の代わりに後日アカシカル・アルケミアから送られてきた以前の論文に関する書類には『再現性が見られない』や『観測した数値が大きすぎるので信頼性に乏しい』と書かれていた。もしかしたらそれは俺のせいではないだろうかと勘繰ってしまった。

 当時は全身全霊全力全開で下手をすればストスリア一帯が吹っ飛ぶほどの魔力をぶっ放して計測を行ったゆえに、他の誰かが出せないような観測可能上限ギリギリな数値を当たり前にたたき出していた結果かもしれない。


 グリューネバルトの話では、これまでビブリオテークに一度保存された論文が再検討に回された場合、取り下げ以外の結果になったことはないそうだ。再検討と言う、角の立たない名前をしたリジェクトなのだ。

 つまり、オージーとアンネリの成果はなかったことにされてしまう。そして、それが卒業論文と言うことは、取り下げられた場合どうなってしまうか、それは卒業取り消しと言うことを意味しているのだ。

 さらに、ビブリオテーク業界全体からの信頼が低下し、次の論文を投稿した際に保存決定までの審査が格段に厳しくなるのだ。要するに研究者としての終焉を迎えるわけである。


 卒業取り消しということは放校扱いとなり、二人はフロイデンベルクアカデミアでの実験が行えなくなりそうだが、まだ決定しておらず書面での明確な放校処分を受けたわけではない上に、研究責任者が確かな実績のあるグリューネバルトなので実験は中断されることなく継続していた。



 それから八月も終盤を迎えて、ピークは過ぎたが残った暑さの中、実験を繰り返していた。


 グリューネバルトとオージーとアンネリの三人の指示に従いながら実験をして行く中で高次元式魔力検出装置という物が必要になったのだ。それを使用するために資格が必要となるが、グリューネバルトがそれを持っているので問題はなかった。

 だが、非常に高価な物であり、ごねて獲得したフロイデンベルクアカデミアからの予算をオーバーしてしまう。部屋の利用から予算まで、ごね得で獲得し続けていたため、もうさすがに学長や理事長の前でさらにごねるわけにもいかない。精度と効率はかなり低下するが替えが効くらしいので、代替案を採用することになった。


「そこでイズミ、代替機具の発注を頼む。貴様はレアとか言う商会の小童と仲がいいようだからな」


「長いこと世話になっていますからね。たぶん明日来ますけど早めに連絡しておきます」


 彼女と長いよしみがあるということで俺は道具の発注を含めた管理担当となっていた。


「それから……」


「できるだけ安く、ですよね? わかってます」と言葉を遮るように言うと、グリューネバルトはふふっと笑った。


「品名、型番、数量と容量、メーカー指定とか、後でリストアップしておいてください」


 話し合いが終わると、さっそく俺は発注見積書の作成に取り掛かった。実は道具の管理を進んでやっているのは、レアとのつながりがあるためだけではない。俺がやると実験がうまくいかないのだ。


 回数をこなせば数回失敗があるのは誰がやっても同じだが、俺は一度もうまくいったことがない!


 試行のたびに失敗し、その分のリソースも無駄になってしまう。当たり前のように行っている実験だが、試薬の容量などを細かく計算すると、ちょっとした試行でも一回で15000ルード(10000エイン)ほどの資金がかかっていることになる。

 日本円で言えばだいたい26000円相当だ。かつて大学にいた頃、それを考えてピペットを持つのが怖くなったこともある。ティルナはグリューネバルトの秘書なので実験はすることがなかったが、一回の値段をこっそり教えたら青ざめて機具にすら近づかなくなった。


 そんなことを考えながら束になった発注書のページをめくりペンを走らせた。そして、少なくとも地球には創作の中に出てくるようなマッドサイエンティストは存在しないんだなぁ、と独り言ちた。



 ふと、廊下に気配を感じてドアの方を見ると、ノックされることもなくいきなり開かれた。


「皆さん、ご報告があります!」と勢いよく入り込んできたのはレアだった。いつもの大きなカバンは背負われておらず、そのときは一段と小さく見えた。


「あ、イイところに来た。あの、発注依頼をしたいんだけど……」


 これはいいタイミングで来てくれた。俺は地面を蹴り、キャスター付きの椅子ですいーッと彼女の前まで移動して、背もたれに頭を載せて逆さまの彼女を見た。


 だが、表情は焦りに満ち溢れていた。走ってきたのか、額には汗が光り、肩で息をしている。


「イ、イズミさん! いえ、皆さん! ちょっとまずいことになりました!」


「どうしたの?」と普段は見ない取り乱し方をしている彼女に不安を覚えて、姿勢を正して尋ねた。


 突然のレアの大きな声と音に驚いたのか、オージーとアンネリも実験機具の向こうから顔をのぞかせている。


「ど、道具の発注が受けられなくなりました!」

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