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藍色に黄昏るデオドラモミ 第七話

「あーらら、すごい降ってきちゃいましたよ」とレアはふぅやれやれとタオルで体を拭いている。「これはすぐ止むような雨ではないですね」


 機材の搬入途中で雨が降り始めてしまったレアを手伝い、それから俺たちは研究室へと向かっていた。並んで歩く廊下の窓枠は水しぶきでまだら模様だ。その先には黒い雲が立ち込めている。そして臨む中庭では誰かが背の高い避雷針のような物を天に掲げながら笑っている。


 荷台に載せた木箱が崩れないように慎重に押しながら俺は尋ねた。


「帰りは大丈夫なの?」


「私も移動魔法が使えるので、止まなければそれで戻りますよ。使い過ぎると運動不足になりますけど」とレアは笑った。


「そういえば前もフロイデンベルクアカデミアにいたときは雨が多かったな」


「あ、そのとき私いなかったですね。オージーさんとアンネリさんの卒業論文の時ですよね?」


「そうそう。あのときは大変だったよ。厄介ごとが研究だけじゃなかったからね。また何か……」



 しかし、話ながら歩き研究室の前まで来た時だ。


「どういうことだ!?説明しなさい!」


 と中から雷のような怒鳴り声が聞こえた。どうやらグリューネバルトが声を荒げているようだ。


 それに驚いて黙ってしまった俺とレアは顔を見合わせた後、急いで部屋に入った。


 すると中では応接用のソファに上品に座ったクロエが、青筋を立てるグリューネバルトをまっすぐに見つめていた。彼女の手は握り合わせられて膝の上に置かれている。


「先生、誠に申し上げにくいのですが、以前の論文の保存の再検討はもう決定事項です。長らく研究の世界にいらっしゃるあなたなら、説明をしなくてもお分かりになると思いますが」


「貴様、それはつまりあの二人の論文をいまさらリジェクトするということか!?保存決定後の措置で残れたことなど聞いたことがないぞ!?」


 話を聞いたグリューネバルトがさらに口角泡を飛ばしている。それにクロエは握り合わせていた手をさらに強く握った。


「まだ確定ではありません。ですが……その可能性が高いかと」


 オージーは腕を組み、険しい顔で押し黙って二人の話に耳を傾けている。だが、怒りの空気が充満したことを敏感に感じ取ったアンヤとシーヴが泣き出してしまった。「イズミ、あたし少し外すわね」とアンネリはその場を離れ、娘たちを抱いて部屋を出て行った。


 その二人に気を使っていたのだろう。ぐずる双子を抱きかかえて出て行くアンネリを目で追い、ドアを閉じられると同時にグリューネバルトは動きと声をさらに大きくしていった。


「理由をすべて説明しなさい!納得がいかない!」


 それにクロエは苦々しく口をまげて目をつぶった。


「申し訳ございません。この件はアカシカル・アルケミア理事司書長以上の立場、おそらく連盟政府関係者からのお達しなのです。一司書に過ぎない私には内容は分からないのです。言えることは再検討するということだけで……」とがくりと肩を落し下を向いた。


 しかし、申し訳なさそうにはしているが知らぬ存ぜぬという態度を貫くクロエにグリューネバルトはさらに頭に血を登らせてしまったようだ。


「首都で紙きれを読みまわすだけで、リサーチマインドもなく碌に実験もできない癖に好き放題言うだけの評論家どもめ! 二度とその顔を晒すな! 莫迦者がッ!」と言うとローテーブルの上の書類をクロエに向かって投げつけた。

 あまり動じなかった彼女もさすがに驚き、仰け反るように両手で顔を覆った。

「先生! 落ち着いてください!」とオージーが止めに入った。クロエも説明ができないことに罪悪感を覚えているのか、下唇を噛んで動こうとしないでいる。


 俺とレアは突然のその出来事を部屋のドア付近で唖然と見つめることしかできなかった。怒りに震えるグリューネバルトから目を離さずにレアは尋ねてきた。


「なんで政府がダメにしたんでしょうね。気になるところです」


 レアの横で腕を組み、カミロの言葉を思い出していた。今でこそ穏やかになったが、スヴェンニーであるオージーとアンネリの功績をよく思わない派閥も連盟政府中枢には少なからずいるはずだ。それが気に入らないから取り下げろという連中がいてもおかしくない。


「俺は、何となくスヴェンニーがらみだと思うなぁ」


「どういうことですか?彼らへの迫害はもう時代遅れになってるはずですが?」


 レアは俺の顔を覗き込んだ。


「うーん……説明すると長くなりそう。今日はたぶんこのまま解散になると思う。それで少しご飯でも行かないか?」


「ええ、構いませんよ。大事な話になりそうな気がするので、予定は少し空けましょう」


 レアはこちらの世界に来て以来、ほとんど行動を共にしている仲間だ。彼女は信用に値すると俺は思っている。


 俺は彼女と食事をとりながらイスペイネでの双子誘拐事件について全て伝えた。カミロの件もブルゼイ・ストリカザの件も含めて。

 話を聞いた彼女も、スヴェンニーが理由かどうかは分からないが現在進行中の実験の中断を目的としている可能性に気が付き、個人的に調べてくれるそうだ。

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