表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

301/1860

藍色に黄昏るデオドラモミ 第二話

 双子にいたずらをしようとしたわけではない。


「起こすとイタズラするのよ。この間はあたしの杖に触ろうとしたから危ないの。しかも、使い方わかってるみたいに触るのよ」


 アンネリはため息をついた。なるほど、かつての名うての悪ガキの二人の娘たちともなるとこれからも大変そうだな。俺は苦笑いで誤魔化した。


 再び丸椅子を回して持て余していると、ドアがコンコンコンとノックされた。一番近くにいたのは俺なので、建付けの悪いドアを開けた。


 差し込んだ外の明るさにくらんでいた目が慣れると、そこにはレアと初めて見る女性が立っていた。濡れたカラスのような黒髪をバンスクリップで後ろにまとめていてフォックス眼鏡をかけている。薄く紅を差した唇などのナチュラルメイクも相まって、少し鋭さがある。彼女はレアに続いて軽く頭を下げながら暗い研究室へと入ってきた。


「こんにちは、実験進んでますか?」とレアが言うとオージーは「おかげさまで。資材もギリギリですけどね」


 それにレアはニッコリ笑顔になり「高額な実験器具についてはお任せくださいね!」と返事をした。


「抜け目ないですね。ははは。ところで隣の女性はどなたですか?」とオージーが黒髪メガネの彼女の方を向くと、彼女はそれに反応して目を開いて小首をかしげた。そして少し微笑みを浮かべて前に出た。


「サント・プラントンのビブリオテーク、アカシカル・アルケミアから参りましたクロティルド・ヌヌーと申します。新たに研究をしていると噂を聞きましたのでお伺いしました」


 そう言うと右手を差し出した。彼女の着ている赤で縁取られた深藍色のボレロには、王冠を被ったライオンが球体を咥えて、その周りを自分の尻尾を飲み込む蛇が取り囲んでいる紋章のバッチが付いている。


 オージーは実験の手を止めて彼女と握手をすると、「そうなんですか。ボクはアウグスト・ヒューリライネンで、こちら妻のアンネリです。ボクたちの双子のアンヤとシーヴと、そこの丸椅子の彼はイズミです。こちらこそよろしくお願いします」と簡単に紹介をした。こちらに掌が向けられると、俺は首を少し前に突き出した。


「でも、珍しいですね。ビブリオテークの方からいらしてもらえるなんて」


 そうオージーに尋ねられると、クロティルドさんはもみあげを耳にかけた。


「以前、投稿していただいた論文の『各魔術における発動した結果は、種類・属性ではなくその詠唱過程に依存する可能性について』が他の論文に引用されることが多いので、次の論文もぜひうちで扱わせていただきたいと思いまして、今日はお伺いいたしました」


「それは光栄ですね。ぜひお願いしたいです。ですが、実験は始めたばかりで、結果も論文も、まだまだ先の話ですよ?」


「いえ、構いませんよ。なんでも希少金属の解析を行っているのだとか」とクロティルドさんは眼鏡を小指で上げると、興味深そうに機具の上のサンプルを覗き込んだ。


「だいぶご存じですね。ですが、まだ秘密なんですよ」とのぞき込む彼女とサンプルを交互に見たオージーは眉を寄せて愛想笑いをした。その横でアンネリはあくびをして目じりに涙をためている。



 俺は回転する丸椅子の勢いを足で押さえながら、やり取りを見ていた。


 どうもそれは何か変ではないか、と思ってしまった。“ビブリオテーク側の取るべきスタンスは、評価させてください、ではなくて、評価してあげてもいい、が正解なのだ”と言うことにどこか反するような気もする。


 だが、あくまでそれは俺がそう思っているだけであり、みんながそうかと言えば違うだろう。それに二人が以前仕上げた論文はとてもいいものだと思うし、他の論文でも引用が多いということは評価も高いということだ。


 俺は後頭部を掻きながらため息をすると、気が抜けた。


 おそらく、モンタンの件やら何やらが続き、このところ疑うことばかりしてきたので変な癖がついてしまったのだろう。


 四人の姿を遠巻きに眺めていると思わずあくびが出てしまった。アンネリのあくびがうつったようだ。するとレアが近づいてきた。そして「なんだか穏やかですね、イズミさん」と微笑みかけると揺りかごを覗いた。おー、よちよち、可愛いでちゅねー、と赤ちゃん言葉で囁いる。


「研究のことはイマイチわかりませんね。論文というのはこれまでの結果をすべて記録しているんですよね。それで全部わかるって言うのはすごいですよね」と感心したようにオージーとアンネリを見ている。


 論文というのは、一応はそうなのだが、追加実験だの本編よりも多いアペンディクスだので、基本的にはそれだけですべて完結と言うものではないのだ。レアは商人であり、論文に対する認識はそうなのだろう。


 俺は「まぁ、そんなもんだからねぇ」と伸びをした。「今日の用事はこれだけ?」


「いえ、荷物搬入もありました。ですがもう終わったので。ま、私としては実験のことを根掘り葉掘り聞きだして、ガンガン見積もりだしたいですけどね」と笑った。


 それからもクロティルドさんと二人は話をしていた。十分ほど話をした後、クロティルドさんがお辞儀をして、オージーが立ち上がり握手を再びした。どうやら話はついたようだ。それに気づいたレアは立ち上がり、では、と言うと彼女の方へ向って行った。そして二人は部屋を出て行った。


 ドアが閉まると機具の前にオージーとアンネリの緑色の顔が浮かんだ。

ビブリオテークの解説は第46部分『スワンダーフォーゲル第一話』をご覧ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ