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藍色に黄昏るデオドラモミ 第一話

ここから長編となります。

 ストスリアの夏は暑い。


 7月28日。時刻は14:30ぐらい。


 夏は真っ盛りを迎えていた。盛りを迎えるとあとは落ち着いていくだけだ。そこに感じる微かな秋の気配がある。


 チッチッチッと聞きなれないセミの声が遠くから、窓を突き破って聞こえてくる。おかしいな。去年、一昨年はセミの鳴き声はこんなに気にならなかったはずだ。


 暑苦しい季節だ。何から何まで、本当に。



「あんくそじじいはまた若い子に入れあげてんの?」


「アーナ……その言い方は……あまり……良くないよ」


 オージーの合図に合わせて何かを記録し続けるアンネリが羽ペンをぶんぶん回しながら悪態をつくと、彼は実験機具を覗き込んだまま彼女をたしなめた。


 汗がするりと額から喉仏へと伝う。暑さに耐えかねて水を飲むと、喉仏で止まっていた汗粒は服の中へと流れて消えた。


 何もなかった実験室には実験機具がどやどやと持ち込まれて、だだっ広い空間には賑やかに物が詰められた。そこへさらに実験をする彼らの書類が溜まり始めて、空調はますます悪くなっていった。


 観測のために真っ暗にされ、実験機具から放たれる緑の光りを顔に受ける二人の姿を俺は後ろから見守っていた。


 アンヤとシーヴは、二人のいるところだけマジックアイテムのおかげで適温になっていて、すやすやと寝息を立てている。俺はそれの子守りと言うことだ。だが、おとなしい双子のおかげで、丸椅子でゆっくりくるくる回りながら時間を持て余していた。


「わかってるわよ。でもさぁ解析をあたしらに投げっぱなしにして街に繰り出してるなんて不愉快なの!」


 アンネリの回していたペンがポロリと落ちて転がった。


「ンふふふ……いいじゃないか……。監視の目がない方が……よしよし……やりやすいと……ボクは思うけど……」


 実験狂のオージーはカリカリと何かのダイヤルを回しながら途切れ途切れにそう言った。話は聞いていてもブルゼイ・ストリカザの素材に夢中な様子だ。見ながらニタニタしている。

 アンネリが鼻からふぅんと息をした。そして再びペンを持ち上げ、うんざりしたように頬杖をつきながら記録を再開した。




 ここは久しぶりのフロイデンベルクアカデミアだ。


 連盟政府全土を騒がせた古典復古運動はイスペイネでのカミロの騒動の沈静化と時間経過のおかげで一定の方向性でまとまったようだ。

 他の地域はどのように落ち着いたか知らないが、フロイデンベルクアカデミアを含めたストスリア一帯は、“戦争は終結させるべきだが積極的にエルフとは接触をしない”という中道和平派閥が勢力を伸ばしたそうだ。

 それゆえに街の中心部では火炎魔法が飛び交うこともなくなり、ぶっ放していた連中も落ち着き再びペンをとった。現在の支配派閥が恩赦を出して暴れていた人間は誰一人咎められることはなかったようだ。強硬古典派だと息巻いていたアプリコットオレンジのツインテールの子も、賭け事をしていたやる気のないそばかすの学生もきっと無事なのだろう。


 もともとそれからは蚊帳の外だったここフロイデンベルクアカデミアは、参加していた一部の学生が戻ってきたおかげで以前の騒がしさを取り戻していた。


 そんな中、二人は折ったブルゼイ・ストリカザの解析を行っているのだ。しかし、二人はすでにフロイデンベルクアカデミアを卒業しグリューネバルトも引退した後で、もう居場所はないはずなのだ。だが、なぜアカデミアのリソースを使用できているのかと言うと、


「私たちはここにどれだけ貢献してきたと思っているのだ。使わせないというのは過去の偉人たちにつばを吐きかけるのと同じだ」


 とグリューネバルトが理事長やらの前で怒鳴り散らしたのだ。要するに彼がイイ感じに老害を発揮してくれたおかげなのだ。


 そんなことを思い出しながら天井を見ていると回っていた椅子が止まった。動かなくなると暑さがカンカンとこみあげてくる。額の玉のような汗がまとまり、顎の下へと流れた。俺は快適な双子の傍によって涼をとることにした。


 そして暑苦しいのは部屋だけではない。暑苦しくさせるそれが、今この部屋の中にないことが救いだ。

何があったのかと言うと、ボーイ・ミーツ・ガール、ならぬシルバー・ミーツ・ガールである。

 シルバーとは言わずもがな、グリューネバルトである。その救いと言うのは、今この場にグリューネバルトがいないことなのだ。彼は今何をしているのかと言うと、実験をオージー・アンネリに任せて街へ出かけて行ったのだ。もちろん偏屈なあの爺さんが一人で街へ行くわけがない。では誰と、というとティルナ・カルデロンだ。カルデロンだ。ええい、思い出すだけで暑苦しい。


 頭を左右に少し振って快適な揺りかごを覗くと、シーヴかアンヤのどちらか、鎖骨(たぶん成長したらその辺り)にほくろがある方がふにゃふにゃと動いている。俺には見分けがつかない。どれどれ、把握反射はあるだろうか、人差し指をそーっと彼女の小さなモミジのような掌に伸ばした。揺りかごの中は心地良くヒヤッとしている。


 しかし背後からアンネリの強烈な視線を感じ、振り向くと「何してんの?起こさないでよ?」とジトーッとした目で睨まれた。

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