真っ赤な髪の女の子 第六話
その日の午後からさっそく訓練は始まった。
アニエスの移動魔法で着いた先はノルデンヴィズからもわずかに臨む白い山のヒミンビョルグだった。彼女はよくここで訓練をしているらしい。ここは万年雪の山で、入った人は自殺扱いになるので、どれだけ山を愛している人でも入ろうとしない故に大規模で破壊的で物騒な魔法の練習を行うにはもってこいだそうだ。
しかし、訓練に適した場所など見当たらない。あたりをきょろきょろ見回していると、彼女はこれから作りますと小さな声で言い、持っていた杖をくるくると回し聞いたことのない言葉で呪文を詠唱している。すると地面には何重もの魔法円が出現し、flames a 'losgadhとおそらく呪文の掛け声とともに地面を杖先で打った。
軽い音が響きわたると生暖かい風が突き抜け、雪原だったところから半径50メートルほど円形に雪が消えて地面があらわになった。残った魔法の残渣と水滴がきらきらと舞い上がる円の中心で、上昇気流に黒いケープをなびかせるアニエスは美しく、絵にかいたような誰もが憧れる最強の魔法使いだった。
光が消え、あたりが落ち着くとため息をしたアニエスが
「一定の体積と温度、および高度以下の物に対して出力を抑えながら炎熱系の魔法で温度を上げ蒸発させまし……たぅ。ここ以外でやるとな、雪崩がお、きます」
と言った。さっきのもじもじに戻ったようだ。
「す、すごいですね」
「あぅぅ……」
ライターごときの魔法使いから見るとその光景は圧巻だった。これこそが魔法使いのあるべき姿だ。両親が年の近い男性と二人きりにさせても大丈夫だと信じている理由なのだろう。
「ま、まず、イ、イイズ、さんの系統が、見たいですぅ」
系統、と言う言葉はよく理解できないが、たぶんおそらく俺にできる魔法を見せろ、ということでいいのだろう。杖ライターと火の粉呪文を彼女の前で披露することにした。俺は俺自身の魔法はみっともないと思っていて、人前で唱えるのは恥さらしのような気がしていた。ましてや初対面の女性の前だ。
しかし、それでは話を進められないので彼女を信じて唱えた。一度俺ができる魔法を見せたところ、その様子を馬鹿にすることはなく、それどころか会話をしているときはあちこちに飛び回る彼女の視線は詠唱する俺を捉え、そして放たれたものからも目を離さなかった。その後すぐに、どの系統の魔法が得意かを指摘して、その系統を基礎から教えてくれた。俺はどうやら炎熱系の魔法が得意らしい。しかし魔法円の書き方がわからない。
「わ、私はエノレア女学院の汎用魔法円を使っています。魔法円の言語は自分がわかればなんでもいいみたいですよ。で、でも、汎用性が高いものは便利ですね。対峙したとき相手にばれてしまうという欠点もありますが、スピード勝負なら関係、ありません」
なるほど、俺が最初に唱えた呪文がドイツ語のようだった理由は大学時代にそれなりに成績が良かったせいだろうか。ほとんど思い出せないがおそらく少し格好つけたかったのだろう。言語は自分がわかればいい、と言うことは日本語でもいいのだろうか。
そうして魔法円の書き方を習わったのだが、どうも格好つけたい自分が心の中にまだいすわっていてどの言語を使うか悩んでしまった。試しに日本語にしてやってみたが、路面標示のように見えてしまい、そしてそう思い込んだ瞬間、魔法円の枠は進入禁止のオレンジ色の線に変わり、文字は白の太字になり誰が見ても完全に路面標示になった。
アニエスは好奇の眼差しでそれを見つめていた。よく考えれば彼女とどまらずこの世界にとってみれば存在しない未知の言語だ。誰にもわからないのは強みだが、道路標識はいかがなものかと使うことはやめることにしようとした。しかし、彼女が卒業したエノレアという魔術の専門学校の汎用魔法円は何が何だかわからなかった。アニエスの出す汎用魔法円の言語は簡単に読めるのだが、いざ自分でやるとなると全くできなかった。
自分自身がてっとり早くわかるものでよいなら後で変更も効くだろうと考え、しばらくは道路標示を使うことにした。
それから毎日、1日の4,5時間の訓練と2,3時間の店の手伝い、その時間はほとんど彼女と過ごしていくうちに少しずつ話ができるようになっていった。
「イ、イイイ、イズミィさんはど、どこの学校出身ですか? 杖を見る限りとても名門とお、お見受け、しますが。フロイデンベルクアカデミアとか、それともエノレアの姉妹校のエイプルトン校とかですか?」
「ああ、えーと、俺、学校行ってないんです」
学校がある、なんてことはアニエスに言われるまで知らなかった。やはり国家資格みたいなものだから、ある程度の教育を受けないと習得できないのだな。
「そうなん、ですか? 本当、ですか? し、失礼ですが確かに魔術に関して、知らないことが多いですね。学校出ていないとまず魔法使いにはなれないってき、聞きました。でも、杖を持っているってことは間違いなく魔法使い、ですね。不思議、なのです」
女神のコネで魔法使いになった、された、なんてとても言えない。