魔法使い(26)と勇者(45) 第一話
いずれ自分もなるであろう中年の男性は特に苦手だ。
名前だけの自己紹介の後、その男は俺の肩をばしばし叩いて、そのまま手を肩に置いてぐっと押しつけてくる。その勢いにお願いします、という声が揉み消された。新規メンバーが加わり喜ばしいのは顔を見ればわかるし、それゆえ力がこもってしまうのもよくわかるが、痛いからやめてほしい。
「いやー、助かったよ! 君みたいな魔法使いがいてくれて! 今日から早速冒険に来てくれ! 若いのに元気がないな! ま、慣れるまで最初は仕方ないか。期待してるぞ、新人君っ!」
キミみたいな、とはどんなものなのだろう。顔を合わせて数秒しかたっていない俺をどこで評価したのだろうか。大柄でも小柄でもないその男はこの世界には似つかわしくないほど平凡な顔だ。服装は刀傷やへこみ傷などさまざまな痕のついた年季の入った簡素な鎧を着ている。それが長い時の流れを物語っている。
手はそのままに今度は肩をもみ始めた男は勇者だ。御年45歳になるというのだがかなりの年齢だ。定年とかそういったことではなくて、体力的にいつまで勇者ができるのだろうか。
名前はシバサキと言う。耳に覚えのある響きなのは理由がある。
中年勇者のシバサキさんは何かを思いついたのか、肩をつかんでいた手をばっと勢いよく離した。あまった力に押され後ろに少しよろめいてしまった。肩にじんじんとした感覚が残っている。これは俺への期待の大きさなのだろうか。
「そうだ! 新人歓迎と言うことで、今日はパーティをしよう! ミカチャン、お店よろしく!」
シバサキさんは調子良さげに右手の手刀を上げている。
「ただの人員補充で、別に歓迎はしていません。その時間がもったいないです」
しかし、ミカちゃんは手とシバサキさんの顔を交互に見て、一蹴した。
即答したこのミカチャン、ミカチャン呼ばれている女性はカミーユというのが本名だ。都会育ちで実家はとある大手の銀行の頭取でかなり裕福らしい。それゆえ立ち振る舞いは上品だ。あまりしゃべらないのでそれ以上はわからない。手入れの行き届いたぴかぴか白い鎧を着ていて背中には巨大なツヴァイハンダーを担いでいるのでおそらくは戦士だ。
「そういわないでさぁ。ね、頼むよミカチャン、この間のお店おいしかったし、どこか知ってるでしょ?ね?」
「やる意味が分かりません。お金もありません」
「お金ならありますよー。現金の管理してるのは私ですから。歓迎会なら経費で落とせないこともないですし」
近くにいた小さい女の子の言葉を聞いてシバサキさんは目を輝かせて、そして何かを察したのか、
「そういうわけだ、ミカチャン。お金のことは心配ないから遠慮しないでいいよ! じゃお願い頼んだよ!」
「そのミカチャン、ミカチャンという意味不明なあだ名で呼ぶの何とかなりませんか。私はカミーユです。気持ちが悪いです。職業会館に訴えないぶんだけ感謝してください。私も代わりが来るので止めようと思えば……」
これから催されるであろう歓迎会に期待を膨らませていたシバサキさんの目の輝きは消え、無表情に変わった。
「あぁあぁあぁ、まーたはじまったよ。そんなこと言わないでさ。それにやめてどうするの? この時勢にこの仕事でうちほど高給出してもらえるところはないよ? それに君は確かに強いけど、まだ他じゃ通用しないからね? せっかく新しい優秀な魔法使いが来たっていうのにそれじゃあみんなしらけちゃうよ。新人の、えーと、何くんだっけ?「イズミです」あーそうだったね。イズミくんがかわいそうじゃないか。頼んだよ」
しかし、にべもなくばっさりとカミーユは断り、腕を組んでシバサキさんを静かに睨み付けている。シバサキは仕方なそうに眉毛を八の字に曲げ、ふぅーんとため息をした。
「もう仕方ないな。じゃユッキーお願い!」
「うーん、それは業務ですか? 私は本日は五時で帰るという契約になっています。あと30分で帰りますよ。一分でも超過するとうちの監査が来るので。管理徹底のため本部事務所にある退勤記録表に印鑑押さなきゃいけないから魔法での移動時間込みだとあと実質25分ですね。設定した終業時刻以降に何かするなら今度からだいたい一週間くらい前に伝えてくださいね!」
笑顔できっぱりと断ると桃色の髪のツインテールがゆらゆら揺れた。鎧は来ていないが、動きやすそうな服装で、何が入っているのか自分の体ほどもある大きなリュックを背負っている。
ユッキーと呼ばれている女の子はレアというのが本名だ。さっきの小さい女の子だ。それにしてもどこからユッキーなのだろうか。レア、Rare、Leah……。少し考えたがさっぱりわからない。
彼女はトバイアス・ザカライア商会という組織に所属していて、本人を含めて四人以上のチームになると派遣される商人だ。噂ではどうしようもない連中がいないか調べる役割もあるらしい。基本的には下っ端仕事だが、彼女に限ってはエリートらしく、最前線ですべてのことが行えるので知識は豊富だ。いざとなれば力でねじ伏せることもできるほどには強い。
それにしても、二人とも不惑を過ぎたオッサンにミカチャンやユッキーとさながら高校生がつけそうなあだ名を呼ばれることに抵抗はないのだろうか。そして俺のあだ名は何にするつもりだろうか。目の前でどこかよそよそしく仲良さげな関係性をアピールするかのように話し合う三人を見つめていることしか俺は出来なかった。
そのような空気の中カミーユは、レアの帰宅を待ってましたと言わんばかりにたたみかけるように前に出た。
「三日ばかり野宿だったので私も久々に帰ります。そういえば時間外労働の割増と魔法が使えない分の交通費ってきちんと払われてるんですよね? 時間のほうが大事ですが、生活もありますので」
みるみるシバサキさんの顔は曇っていく。眉間にしわが集まり始めついに怒りの閾値に達したのか、大声を上げた。
「だーっ! かーらー! なんで君たちはいつもそうなのかな!? たかが風呂に入るために帰るとかほんっと考えられないよ? 僕は女神さまに呼ばれたら深夜でもだれよりも早くきちんと応えるよ? それにみんなに迷惑がかからないように解散した後も自分から進んで色々仕事してたからね!? ユッキーもさ、それどういう意味か分かるよね? 本当に最近の若いのは! それにミカチャンは実家にお金あるんでしょ? そんなんじゃだめだよ! これから組織を変えていこうって時に! 飲み会だって業務の一環だよ。報酬は出ないけれどそれ以上のものが得られるじゃないか!」
はぁーあと深い落胆のため息をついた後、こちらをくわっと見つめ、逃がすまいと俺の肩を両手でがっちりとつかできた。そして申し訳なさそうに笑うと、「イズミくん、仕方ないね。おじさんと二人で行こうか」と言った。
はい。質問、賃金や時間という財宝よりも価値のある「それ以上のもの」とは一体なんですか。
などと言えるわけもない。俺はこれまで五か月もの間マイペースなその日暮らしをして生きてきたので、他人の都合に合わせて動くことが面倒くさい。行きたくない。帰りたい。寝たい。しかし哀れすぎて断ることができようか。
それにいきなり断ったら後の評価が気になる。現時点でメンバーの中で一番地位の高い有給者はこの人だ。何かあったときのためにいい顔だけはしておこう。(しぶしぶ)付き合うことにした。
レアとカミーユとはその場で別れ、シバサキさんの行きつけという店に行くことになった。
初対面の中年といきなり酒を飲みかわすことになった不安が、これまたほとんど初対面の女性二人がいなくなった途端にさらに強まった。一体何を話せばいいのだろうかと考えるほどに口数は減る。
読んでいただきありがとうございました。感想・コメント・誤字脱字の指摘・ブックマーク、お待ちしております。