このクズ勇者どもに祝福を! 第六話
その日はみんなぐったりと疲れていたので片づけを済ませるとその場で解散になった。ククーシュカはどこかに拠点があるらしくそこへと帰っていき、ヤシマもティルナもそれぞれに首都にある自宅へと戻った。皆と別れてから俺はアニエスと夕食を食べた。彼女も面接をしようと言ったことを気にしているのか、あまり口数が多くなかった。
それから彼女をブルンベイクの実家に帰した後、俺はノルデンヴィズに戻りすぐに床につき、夢の中で女神と面会をした。
いつもの暗闇の中の喫煙所で丸椅子に腰かけていると足音と共に女神が現れたので、俺は立ち上がり彼女を迎えた。
「お久しぶりです。女神さま」
「おーす、元気そうね。今日は何?て、あーいや、あたしも言うことあるんだけどさ」とスカートを押さえて丸椅子に座った。
「六月に失業する勇者の話です」
「もうそろそろねー。みんなどう? 新しい仕事見つけられてる?」
「いえ、あまり順調では……」
「あっそ。知ったこっちゃないけど」
冷たい反応だ。会うたびにされるそれは、これまでの経緯を考えると仕方がないことなのだ。だが冷たすぎではないだろうか。猫背になってしまった。だがヤシマのことだけでも伝えなければ。電子タバコを吸い始めた女神に向き直った。
「それでお願いがあるんですが」
「何かしら? アニエスを発情させる妙薬が欲しいの?」
「いえ、違います。一人能力を残してほしい人がいるのですが」
軽い表情がさっと硬くなり、何も言わずに目だけを動かしてきた。そして、「は?」と言い足を組み始めた。
「誰かを特別扱いしろと? あんたは別に特別扱いしてるわけじゃないからね? やることやってくれたご褒美だから。してほしいんなら他の勇者にも聞いてきなさいよ」とゆっくり目を閉じた。
「聞きました」
「知ってる。で?」とさらりと返された。
結果は惨憺たるもので、あまり思い出したくもない。
「誰一人、残してあげたいとは思えませんでした」と少し戸惑いながら応えた。
「あっはははは! そりゃそうよね! あたしだってヤだもん!」と手を叩いて大笑いしだした。
「まぁリファラル勇者が多いから、似たようなクズが集まるのは仕方ないわねー。当てにならないと専ら話題のリファラル人事で勇者生み出すとか、業界も我ながら末期だわ。笑える」
「りふぁらる?」
「知人紹介の採用よ。シバサキなんかそうよ。シンヤくんの紹介。あたし史上最悪の失敗人事例ね。
その失敗のおかげであまり数を増やさなくて済んだんだけどね。あんたとヤシマくんとシバサキと、あと何人かくらいで済んだわ。移動魔法が使えるその子たちも、それ以外の子たちも基本的にチート全部オフ」
一本目が終わったのか、電子タバコの装置から外した。そして吸殻を赤い殻入れに放り投げたが、縁に当たって落ちてしまった。俺は目の前にいたのでそれを拾い上げて殻入れに捨てた。中ではフィルターと紙がグズグズになり、波打つ濃い琥珀色の水に浮かんでいる。
こういうことは十分予想できた、というよりもこうなる以外に想定できなかった。仕方ないだろう。俺が女神の立場なら、もし俺が事業主なら、仕事のためにとらせた資格を副業でしか使わない従業員はどう扱うか。ブラックと言われるかもしれないが、そうするだろう。
女神は俺の苦々しい顔を覗き込むと、
「ヤシマ君なら大丈夫よ。欲しいのは話す能力だけでしょ? もう転生して何年か経ってるし、言葉は能力無しでも使えるわよ。たぶん。ここの言葉を聞いて頭で理解していることは言語翻訳能力とは関係なしにやってたんだから」
と言った。それは意外だった。ヤシマのことはまだ伝えていないはずだ。どこかで見ていたのだろう。
なんだ、大丈夫なのか。と俺はそれを聞いて眉を上げてしまった。
その反応を見た女神は両眉を上げて、「あ、満足した? じゃ、この話は終わりー」と話を終わらせてしまった。
二本目は吸わない様子だ。だが椅子から立ち上がっても帰る素振りはなく話をつづけた。
「それであたしが言いたいのは、もう一人の件はあんたに一任していいかしら? こっちでも確認取れたから、あんたの好きなようにやっていいわよ」
ヤシマのお願いを反故にしなくて済みそうだと一安心かと思ったが、何を俺に投げるつもりだ。嫌な予感がする。俺は女神に尋ね返した。
「すいません。もう一人、ってなんですか?」
「アレよ、アレ。シバサキに余計なことしてるもう一人の女神の話。もう一人の女神の名前は“アフロディーテ”よ」
「愛の女神? なんでですか?」
なぜこちらにギリシャ神話の神様がいるのだろうか、嫌な予感よりも疑問が山ほどあふれかえった。
「よく知ってるわね。機会があったらギリシャ神話でも勉強しなさいな。で、目的としていることが分かったわ。ただ邪魔してるわけじゃないみたい。そりゃ一個前の担当者だからいい加減なこと出来ないわよね」
「放ったらかしにしちゃうんですか!? つか、丸投げってちょっとひどくないですか?」
「あたしはもうそっちからは手を引くことにしたわ。意図が分かって、それがあたしたちとも近いのもわかったのよ。ただの妨害かと思ってたけど、そういうわけじゃないからあたしが何かすることはできないのよ。あっちのやろうとしていることがうまくいったらそれはそれね。ゴールは一緒なんだし」
女神はあくびをしながら伸びをした。