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このクズ勇者どもに祝福を! 第五話

 お昼過ぎに現れた筋骨隆々の32歳の勇者。待機列で鼻息を荒くしていたそうだ。暴れるかもしれないと外で列整理をしていたククーシュカから連絡があった。


「23班のリーダーであるあな「うおおおおおおお! ふざけんな! なんでオレ様の能力が無くなるんだ! 許さねぇぞイズミ!」


 始まるや否や暴れだし、椅子を蹴り飛ばした。真っすぐアニエスの方へ向って行ったので俺は反射的に庇った。彼女も両手を前に構えた。しかし、想定できた事態なのであらかじめ張っておいた物理防御壁にあたりバラバラになり地面に落ちた。


「卑怯だぞコラァ! おらぁぁぁぁ! 出てこいや!」と叫びながら防御壁に近づき拳でどんどん殴り始めた。一向に突破される気配はなく暴れる姿をアニエスとティルナと三人であんぐり口を開けて眺めてい

 たが、突然彼はうっと唸り声をあげた。そして防御壁にぶっちゅり唇を押し付けた後つるつると音を立てて地面に倒れた。


「イズミ、大丈夫か?」


 用を足しに出ていた外から戻ってきたヤシマが後ろから魔法を仕込んだナイフを投げたようだ。


 『不適』と。




「ハァあ~、さて……30班のリーダーのあなたはなぜ能力を残してほしいのですか?」


 30班リーダーは56歳、男性。趣味は引退してから始めた油絵で、まだ作品を作ったことはないが勉強中らしい。あれ? 引退?

 ティルナは集中力が切れたのだろう。椅子に浅く腰掛けて髪の毛の束を人差し指と中指で持ち、枝毛や切れ毛を探しているのが視界の隅に見える。かくいう俺もテーブルに肘をついて前髪をくりくりと弄り始めてしまった。

 ツンツンと俺の肩をつつきそれを注意してきたアニエスは気丈に振舞っているが、無理やり開けた目の下にクマができて疲れが見える。


 俺が尋ねると30班リーダーは右手を小さく上げて「うんうんうん、いいのいいのいいの。そういうの」と応えた。


「そうもいかないんですよ。ここで話を聞いて厳正に審査しないと」 厳正にはしてないか。


「えぇっ。いいよ。そういうの。ふふっ。大丈夫。というか今日ここに来れば残してもらえるって話でしょ?」


「いえ、そんなことはないですよ」 ああ、困ったなァ。またこの手かァ。


 彼も参加賞か何かと勘違いしているようだ。半ばうんざりしながら応えると、男は笑った顔を止めたまましばらく黙った。


「……いや、ははは。冗談だよね? もう終わり? 帰っていいんだよね?うん」


「いえ、帰られては審査できないですよ?」


 そう言った瞬間、彼は作り続けていた笑顔を豹変させ、次第に目をぎらつかせ始めた。そしてみるみるうちに額に青筋を浮かびあがらせると人差し指を立てながらがなり立て始めた。


「おい!? なんだお前、その態度は!? 年上に対する態度がなってないぞ!? 私がここにくるまで何時間かかったと思っているんだ!? それに交通費も! 当然支給してくれるんだろうな!? だいたい、お前はノルデンヴィズで目上の者に対して失礼極まりないことをしたではないか! 今日は許してやろうと思って顔を出したのだが、何なんだ、その態度は! そんなやつが女神に話を通せるなど嘆かわしい! これで私の能力が残らなかったら承知しないぞ! それにな、わざわざノルデンヴィズから歩いてきたというのに! それに何時間も何時間も、な・ん・じ・か・んも待たせやがって!今何時だと思ってるんだ! 私は昼の十二時から待ってるんだぞ! 一時前には終わっているはずだったんだ! その後の予定がすべてパーではないか! 寄ろうと思っていた首都の画材屋はもう閉まってしまったんだぞ!? そうやって自分たちだけが良ければいいと思っている奴を私は許せない! この保証はきちんとするんだろうな! それに、班の番号があるならその順番でやればいいではないか! なぜ来た人間からしていくようなことをしたのだ!? 私ならそんな甘いことはしないできちっきちっとするはずだ! そうすれば他人の時間を搾取するようなことにはならないはずだ! お前たちは人の時間を大事にできないどうしようもない奴らだ! これだから本当に自分さえよければと言う考え方の奴はだな……」




 その後一時間半しゃべくり倒したこの彼のおかげで大幅に予定が押した。遠くから来ている者もいて後日に延期、と言うわけにはいかなかったので面接は陽が沈んでもなお続いた。


 それからも結局『適切』のハンコは一度もインクが付けられることはなかった。



 1日がかりで行われた面接が終わったのは、陽も暮れて久しい頃合い。以前のようなことを想定してお願いしていた見張りのククーシュカは珍しく肩から深く息をしていて、壁に寄りかかり頭を壁につけて天井を見上げていた。彼女ですら疲労の色が見える。


 ティルナは途中から目を開けたまま眠っていたようだ。アニエスが肩を揺らすとまるでスリープ状態のアンドロイドが起動し始めたように動き出し、目をこすり始めた。


 俺はテーブルに肘をつき、目をぐっと押さえた。そして鼻から息を吸い込むと天井を見あげた。


 サント・プラントンの夜は晩春の陽気。虫もわずかに鳴き、泣き始めている。


 しばらくそのまま誰も一言も口を開こうとしなかった。


 俺が伸びをしてハンコにつけるインクの蓋をぱたりと閉めると、「イズミ……ごめん……」とヤシマが顔を擦りながらしゃがれた声でつぶやいた。面接しようって言った奴はお前だ。チクショウ。


 理想は現実に駆逐されたのだ。

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