このクズ勇者どもに祝福を! 第四話
「15班のリーダーであるあなたはなぜ能力を残してほしいのですか?」
1人目は長髪の男だった。身なりはきれいで、サント・プラントンでは有名な高級ブランド服に身を固めている。話をしていないと常にへらへらとしていて、見たところ締まりがない。だが、人は見た目じゃあないと古代から言われているので俺は真剣に耳を傾けた。ほう、と長机に両肘を置いて少し前に屈むと、彼は話を始めた。
「実は両親の面倒を見なければいけないのです。それに妹が魔術の学校の学生で、どうしても通わせなければいけないのです。魔力消失事件で両親ともに怪我をして、私は世話をしつつ妹を育ててきました。勇者業は収入がいいので困ることはありませんでした。
ですが、クビになってしまうと……。妹には孤独ばかり味わわせ、辛い思いばかりさせてきました。同世代の子どもと遊ぶこともできなかった。だから、せめてこれからも支えてあげたいのです。どうか! どうか!」
と頭を下げて両手を合わせている。会わせられた掌には文字が書いてあるのか、黒い粒粒が見える。
「それは大変ですね。妹さんはどこの学校に通われているのですか?」
「エ、エノレア女学院です。とても優秀でかわいい妹なんですよ……はははは……」
それを聞いたアニエスがそっと耳打ちをしてきた。
(エノレアは基本的に何があっても18で卒業ですよ?)
それに何かおかしいことに気付き、眉をしかめてアニエスを見てしまった。彼女も怪訝な表情をしている。
あれ? 魔力消失事件で両親怪我? ということは少なくとも20超えてないか? それとも何か? 怪我をしたまま両親はハッスルしたのか?
「ご両親の怪我はどの程度なのですか? 例えば……、そうですね。日常生活に支障が出るとか」
「もう全く動けないほどで……」と見せつけるように地面に視線を落した。
あ、なるほど。ウソか。
勇者業も介護の傍らできるほど甘いとは思えない。ましてやこの男の身なりは高級なものばかりだ。両親の世話など妹に押し付けていたのだろう。
「そうですか。大変ですね。どの程度の能力を残してほしいですか?」と尋ねると「全部!」と即答した。そのあまりの勢いの良さに、顔が引きつるのを感じてしまった。
しばらくの沈黙ののち、ティルナが「ほ、本日はありがとうございましたぁ!」と裏返りながら言うと男はすごすごと面接室を後にした。
彼が出て行きカーテンが閉まると「どうします?ウソはちょっと……」とアニエスは眉を寄せて俺を見た。
「俺も嘘つきじゃないかって言うと、そうでもないんだよなぁ。共和国で嘘つきまくってたし」
俺が悶々と躊躇していると「不適でいいだろ。あと何人いると思ってんだ、イズミ。さっさと次いくからハンコ押せ」とヤシマはそう言った。確かにそうなのだ。だがこの野郎言えた義理か、ヤシマめ。
第一号にチート能力を残すのは不適となり、俺は書類に『不適』のハンコを押したのだ。
こうして1人目の面接は終わった。しょっぱなから不穏過ぎるのだ。
今日はいよいよ勇者たちとの面接会。場所はサント・プラントンに入るための橋の手前にある草地。レアにテントと会議用の長テーブルとイスを貸してくれというとすぐに手配してくれた。
しかし、彼女に何のためですか? と問われて、勇者たちの能力を残すかどうかの適性を判断するための面接会場用だと説明すると、「あ! あそうですか! あっは!」とこれまで営業スマイルが多かった彼女に含み無く鼻で笑われた。
彼女が何を言いたいのかはわかるが、商人だろうに、こうまでモロに顔に出されるとは思いもしなかった。先行きが怪しいのは始める前からだったのは言うまでもない。
そしてなぜかティルナも参加することになったので彼女も面接官に加えた。彼女は非番なので参加すると言っていたがヴィトー金融協会も一枚かんでおきたいのかもしれない。勇者も大事な顧客である。
朝から幸いにも天気が良く、呼び出した勇者たちは続々と集まってきた。始める前に行列を見ているとやはり若い人間は一人もいなかった。一番若いと聞いていた俺もいい年だ。このシステムの老朽化を感じざるを得ない。
だが、もう終わりなので増えることはないと女神は言ったのでちょうどいいのだろう。
レアのあの反応を思い出さないようにして、顔をパンと叩いたら開始時刻の九時となった。
40歳、男性。妙に腰が低く、常に手をもんでいる糸目の男。
「4班のリーダーであるあなたはどうして能力を残してほしいのですか?」
「イズミ様におかれましては今日もご機嫌麗しゅうございます。今日は私があなた様との面会を申し出たのはほかでもありません」
書類と彼を交互に見つめていたが、返答を聞いて彼を凝視した。
「何が言いたいのですか?」質問に答えろ、と腹の中がカッカしてしまい、少し語気を強めてしまった。
だが彼は相変わらずの調子で、
「いえいえ、今日は偉大なる賢者様であるあなたに感謝のお気持ちを示しにまいりました」
と上着の中に手を入れた。するとその場にいた全員が一斉に杖を握りしめた。
「いえ!皆さま、違いますよ。これをお渡しに来ただけでございます」
上着から取り出したのは小さな布袋だった。俺が袋に視線を送ったことに彼はニヤリと笑うと、「これは通貨ではございません。通貨より価値のあるものでございます」と袋の中を見せてきた。
そこには黄色と緑の宝石の付いたバングルがあった。移動魔法のマジックアイテムが二つ入っていたのだ。
すると一歩近づいてきて、口元に戸を立てるように手を当てて、
「いえね。最近はルード通貨もエイン通貨に対してすっかり弱くなってしまって……。悲しいことでございます。日々価値の動いてしまうお金を渡してしまっては色々とご苦労もされてしまうでしょう。
それに賢者様ほどになられてはお金ぐらいでは感謝のお気持ちを伝えられないかと思いまして、私なりに一生懸命考えました。これはほんのお気持ちでございます」
と首を下げて糸目を開いて上目づかいになった。
「なるほど、これで能力を残せと」
すると男はガバッと背筋を伸ばした。そして、「いえいえ! 滅相もございません! これは感謝のお気持ちでございます! あなたのこれまでの英雄的活動と日ごろの感謝を込めまして! そんな見返りなど恐れ多い!」と両手を前に突き出して振った。日ごろの感謝?
共和国の長官選挙で、あちこちの評議員たちにしこたま賄賂を贈りまくった俺が言えた義理ではないが、これは不愉快だ。
彼は俺たちがしたように、この価値のあるものを差し上げるのでよしなに便宜を図れと言いたいのだろう。あまりにも見え透いていて思い切り突っ返したいところだ。
――だが、移動魔法のマジックアイテムに罪はない。それに本人はこれらを感謝の気持ちと言っているのだ。受け取らないと押し問答で粘られるだろう。ここは文字通りまっすぐな意味合いで受け取ろう。
「素晴らしい心がけですね! きっといいことがあると女神さまにお祈りいたしましょう」
俺はにっこりと笑って移動用のマジックアイテムを受け取った。そして書類に『不適』のハンコを思い切り押した。
さてマジックアイテムはどうするかな。売るのも不愉快だ。ヤシマとククーシュカに放り投げて渡した。