このクズ勇者どもに祝福を! 第二話
「今できることは首を縦に振ることだけですよ? 考えましょうね。足りなくてもわかるはずです?」
こいつらは勇者だ。何が正義だ。クソの塊じゃないか!
「早くしないと、彼女大変なことになりますよ?」
ここでいい加減なことをいって逃れてしまえばいいかもしれない。だが、こんな奴らのために嘘でも首を縦に振るなんてできない。黙って睨みつけ続けた。
しかし、どうすればいい? 移動魔法で逃げられるか? だが逃げてはアニエスが危ない。彼女の行き先がわからなければ使っても時間がかかってしまう。彼女も逃げるために使ったとしたら混線が起きてかえって危ない。それにここまで押さえつけられてしまっては使えても意味がない。
クソ。どうすればいいんだ。
「3、2、」
ふざけるな。プライドも何もないクズ勇者が世界のためとぬかすな。
「1、制限時間終了! 私細身ですけど、さっきの彼よりも力はあるんです。とりあえず一発殴ってお話ししましょう!」とこぶしを振り上げた。
「痛くしないと分からないとか、頭の悪い犬のしつけには骨が折れますね!」と振り下ろされる瞬間のことだ。
手で防ぐことすらできない俺は目をつぶるしかなかった。
早くアニエスを追いかけなければ、押さえつけられては何もできないと情けなさの中で痛みに備えていた。
しかし、一向に頬に痛みが走ることはない。そのかわりに生暖かい何かが頬に付いた気がした。恐る恐る目を開けると、振り上げられていた右腕の姿が見えない。
覆いかぶさっていた男が、俺の視線が腕に注がれたことで異変に気付き右腕を見た。
その瞬間、吹き出した血を押さえながら絶叫し始めた。
「腕! 腕が! 無い! 無い! 私の腕が!」
無くなった腕に気を取られて関節技が緩み、その隙に俺は男を押しのけてそのまま後ずさった。
はっと顔を上げると、のたうち回る彼のすぐ後ろに誰かが立っていた。
季節外れの赤黒いコート、ウシャンカ、青白い髪。その手には切り落とされた男の腕が持たれていた。彼の体から切り離されたそれはぽたぽたと血を垂らしている。
「探してるのはこれ?」とその人は首を傾けて腕を差し出した。
「か、返せ! 返しなさい! それは私の腕です! 早く!」と男は立ち上がろうとした。
しかし、左右のバランスが突如として失われたせいで男はよろめいている。その人は男が近づくにつれ手に力を込めていった。するとぶちぶちと腱の切れる音がし始めた。それに焦りだした男がやっとのことで腕が届くところまで行き、奪い返そうと左手を伸ばした。
その瞬間、腕ははじけ飛び辺り一帯に血肉をぶちまけた。自らの血しぶきを浴びた男の顔は青ざめている。
「残念ね。つぶしちゃったわ」と言うと武器を持ち上げた。
何度も見たことのあるそれは彼女愛用のバルディッシュだ。男は地面に飛び散った自らの腕の欠片を残された左手で必死にかき集めていたが、頭上の気配に気づくと顔を上げた。
すると男の頭上に音もなく高々と持ち上げられたバルディッシュが月明かりにしらりと光った。男はその姿を見るとかき集めるしぐさを止めて、青ざめた顔で呆然と見上げている。彼女は首を切り落とすつもりだろう。これはまずい。俺は慌てて止めに入った。
「ゲホ、ゲホゲホ、ストップ! ククーシュカ! ストップ!」
重力に任せてそのまま振り下ろされるだけの動きがピタリと止めると、小首をかしげて俺を見た。
「なぜ?」
「なぜって、ここは町中だ。いやいや、町外でもダメだけど! とにかく殺しちゃダメだ!」
まだまっすぐこちらを見ている。これからは彼女を闇の中にはいさせない。掲げたまま動かずにじっとした後、彼女は「そう」というとバルディッシュの血をビッと払い、コートの中へするすると仕舞った。
「そいつには戦意がない。殺しても意味がない。ゲホ、それよりアニエスが! アニエスの方へ行ってくれ! 頼む!」と消えて行った路地の方を俺は指さした。足にもかけられた関節技の痛みのせいで立ち上がれない。
「彼女はどうでもいい」
「なぜ!?」
ククーシュカは路地の方を見ると、一歩後ずさった。それと同時に何か大きな塊が暗闇の中から飛んできた。そして、腕を切られた男にぶつかり、反対側の壁に激突した。腕を切られた男に覆いかぶさった塊は、先ほどアニエスを連れて行った筋肉質の男だったのだ。
何事かと路地の暗闇を見ていると、中で目が光った。それに続いてゆらゆらと出てきた何かに思わずつばを飲み込んでしまった。ざしざしと聞こえた足音の正体が街の明るさの中に出てくるのを見て、思わず首を後ろに下げてしまった。
闇から出てきたそれは
「なんなんですか!? この人! 人の体触ろうとして! しかも勇者だとか言って!父と同じものを語らないで下さい! 不愉快です!」
と怒鳴り声をあげた。
それはアニエスだったのだ。衣服の乱れはなく何かされた様子もないが、ただただ怒っている彼女の姿に俺は驚いてしまった。
「ア、アニエス? 大丈夫なの?」
「不愉快なんで全力で思いきりぶん殴っちゃいました!」
ふと飛んできた男の方を見ると、顔にはくっきりと杖で殴られた痕があり、前歯も何本か折れている。
どうやら彼女は大丈夫な様子で、俺は大きくため息をしてしまった。
「なんか言ってましたよ!? あいつに言えば、六月以降も力を残してもらえるとかなんとかって、もう!」
まだ怒っている様子のアニエスはそう言った。
さっきから聞いた話を考えると、どうやら俺が女神に直談判できることを知っている様子だ。どういうことだ。なぜ知っているのだ。
しかし、ここにいては騒ぎが大きくなる。とにかくこの場を離れたほうがいい。俺は腕が吹き飛んでしまった彼の止血を簡単に済ませた。
アニエスがぶん殴ったほうも伸びているだけで息はしているので、男二人はまとめてその場に放置して、俺はアニエスとククーシュカを連れて家に戻った。
家に着きドアを閉めたとき、俺はふとヤシマを思い出した。そういえば力を残してもらえるように女神に掛け合ってみるとあいつに伝えていた。だがそれ以外の誰かに言ったことはない。まさかとは思いヤシマに連絡を取ることにしたのだ。