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このクズ勇者どもに祝福を! 第一話

 ラジオ放送が始まってしばらく経った。ときどき行くウミツバメ亭では、カトウが自分のキューディラを使って店内にラジオを流していた。彼の話では有〇放送みたいで気に入っているらしい。共和国や連盟政府の流行歌に混じって先日録音したククーシュカの歌も時々流れるが、何度聞いてもやはり耳を奪われるのだ。


 オージーとアンネリの話ではストスリアのカフェでも流してくれているところがあるようだ。曲を聞いた彼らはスヴェンニーにも似たような楽器があると教えてくれた。

 それはカンテレと言う弦楽器で、グスリに近い音色だがそれほど物悲しくないらしい。グスリの音色には春がないが、カンテレの音色は深い森にはまだ緑があるような、短い春と夏がわずかにでもある大地を歌うような音、だそうだ。美術の成績がおまけで2の俺はセンスがないのでその例えがイマイチわからなかった。今度奏者を訪ねてみようと思う。


 サント・プラントン一帯に住む人間は流行り物が好きな様子で、ラジオは思ったよりも広まっていたのだ。これは早めに情報を流すことになるかもしれない。ウグイス嬢を探さなくては。そんなことをユリナやシロークに報告したり、あちこちの仲間に会いに行ったりで俺はブルンベイクとノルデンヴィズとストスリア、それからグラントルアを行ったり来たりの日々を過ごしている。


 ルーア共和国軍部省直轄対外情報作戦局非常勤職員兼、特別補佐官一等主任兼、特級秘書官(長過ぎ。要するにスパイ)なので、軍部省からお給料も出るのだ。

 もちろんルーア共和国通貨のエケル通貨で、である。国を跨げば通貨も変わる。これでは連盟政府内のノルデンヴィズで生活できないではないか!となることはないのだ。俺には移動魔法がある。


 完済はしていないがレアへの借金のおかげでルード通貨、エイン通貨の所持は生活に困らない程度だが、彼女はエケル通貨からは取り立てをしないつもりらしくだいぶ余裕がある。

 連盟政府通貨がなければ共和国に行けばいいじゃない、というわけだ。だいぶ余裕があるがゆえに、ときどきアニエスを連れ出してグラントルアで買い物をしているのだ。

 彼女は共和国側のエルフからなぜか恐れられるので、顔の皮膚が突っ張るほど強く髪をまとめあげてつば広の女優帽を被せていた。その姿を彼女はかえって目立つのではないかと心配していたが、似合うのであえて自信を持って歩けば関係ない、女優オーラを出しても名前がわからないから誰も話しかけてはこないよと言い聞かせた。


 俺はというと、彼女を連れて歩くグラントルアの街並みは銀幕の大スタアとデートしているような気分にさせてくれるので、ちょっとした優越感に浸れたのだ。(俺をマネージャーと呼んだあのクソガキは許さない)そして、家に戻った時、帽子を取りながら窮屈そうに首を左右に振ると広がる真っ赤な髪。丁寧にまとめられていたそれが綺麗に光りながら崩れていく姿はなかなかの眺めだった。


 それ以外にもちょっとした用事にすら移動魔法を使っている。つまり、生活のすべてにおいて移動魔法を駆使しているのだ。アニエスも移動魔法が使えるのでとにもかくにもそれ頼みにしている。

 女神の話では俺の能力を六月でストップするつもりはないらしい。だが本当に消えてしまわないだろうかと不安になることがある。もしその移動魔法が無くなってしまったら生活の基盤が消滅するのだ。考えるだけでゾッとする。



 忙しいながらも充実した日々だ。だが厄介ごとは常に隣人であることを忘れてはいけない。


 共和国側での仕事がないときは連盟側では依頼を受けずにのんべんだらりと過ごすようにしていて、その日は共和国にはいかずにノルデンヴィズでお散歩をしていた。寒い地域にある町だがすっかり春の様子で少し町を離れると森の中からカッコウの鳴き声が聞こえてきた。導かれるように森の中へと入り、春になり動き始めた動物たち(ときどき魔物)を見ていた。


 アニエスともども夢中になり時間を忘れてしまい、気が付いたときにはすっかり夜になってしまったのだ。このとき移動魔法で帰ればよかったのだが、もう少し外の空気を味わいたいと歩いて帰ることにしたのが間違いだった。もう暗い時間だったので近道をすることになった。さらにそのとき、うっかり職業会館の前を歩いてしまったのだ。

 そこで誰にも遭遇しなければ問題がなかったのだが、ますます運が悪いことに二人の男に肩を掴まれてしまった。一人は筋肉質でもう一人は細めで背が高い。絡まれてから俺は職業会館の前を歩いてはいけないとレアの注意を思い出したのだ。


 しまったと杖に手をかざそうとすると、筋肉質の男が「よぉイズミ、元気か?」と笑顔で話しかけてきた。そこへ被せるように細身の男が前に来ると「あなた、女神に話が通せるらしいですね?」


 スピリチュアルで胡散臭いという認識のある女神の話をここで具体的にいう連中は勇者しかいない。


「元勇者か?」と確かめるように睨め付けた。すると男たちは眉間にしわを寄せた。


「うるせぇよ。元じゃねぇんだよ。これからも世界のために働くんだよ」


「どうやって? あと二か月で廃業のはずだけど」


「かぁーっ、お前バカだな。わかれよ、それくらい。シバサキと同じ、察し慮る民族なんだろ?」


 俺がそれを釈然としない顔で見つめていると「仕方がないですよ。いろんな人が世の中にはいるのです。もちろん無能な人も。はっきり言わなければいけない時もあるのです」と細身の男が顎を上げて笑った。

 そして「あなたが世界のために女神に話を通してくれればいいのです。私が説明しないと分からない程度だから、シバサキのチームをクビにされるんですよ」


「じゃお前ら二人には今までやってきた活躍は何かある?」


「黙れよ。ピーピー言ってないで首を縦にふりゃいいんだよ」


 細身の男の方が肩に手を回してきた。そして筋肉質の男の方は「隣にいるお嬢ちゃんはずいぶん上玉だな」とアニエスの腕を掴んだ。


 それにアニエスは「放してください!」と声を上げると「それはあんたの彼氏次第だな」と言うと、細身の男が突然関節技を決めてきた。情けないことに俺は倒され抑えつけられてしまった。


「イズミくぅ~ん、どうです? 世界のために、ね?」と顔を近づけてきた。そして、睨みつけるだけで頷かない俺を見下ろすとため息をした。


「本当に愚かですね。その子を連れて行きなさい。しばらくは好きにしていいですが殺してはいけませんよ」というとアニエスは筋肉質の男に連れていかれてしまった。


「嫌です! 放してください! なにする気ですか!?」と腕を掴まれたまま路地へと連れていかれてしまった。


 彼女の名前を呼ぼうとしたが首まで抑えつけられてしまい俺は声が出せなくなってしまった。腕を伸ばそうにも全体重をかけられてしまい首以外は動かせない。

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