白い山の歌 前編
ラド・デル・マルの街を抜けて首都サント・プラントンまではたくさんの街を経由した。イスペイネ自治領は広かったが、そこからでてもいくつかの大きな街を経由した。
その中で特に大きかったのは自治領を出てから五日目についたマルタンと言う街だ。南から上がってくる暖流の影響がイスペイネほどではないがあり、その恩恵を受けて年中豊かな緑に囲まれる一帯にあるこの街はかつての王国のころの歴史的建物が保存されているらしく、それに伴って残された街並みにも彫刻やらステンドグラスやらとゴテゴテとした歴史的なものがたくさんあった。
マルタン一帯の領主はイスペイネにいた五家族とはルーツの異なる王族の末裔で、街を都市工学に基づいて快適にしつつ芸術品にしたかったらしい。建物についたたくさんのステンドグラスには街の歴史が刻まれているようで、サント・プラントン、イスペイネ自治領、ストスリア一帯との取引の様子など、そこが交差点であり非常に重要な都市であることを物語っていた。
様々な価値観が混ざり合うこの街は、都市発展のために古くから学者・学生を多く受け入れており、ストスリアの学生にも昔から人気があるそうだ。街の造形を見るために近場の首都よりもこちらに来る学生も少なくないとか。しかし、ストスリアとは違って古典復興運動は穏やかなものだったようだ。
興味深い街でのんびり観光をしたかったが、一泊して通過するだけになった。
それからサント・プラントンまで何事も起きることはなくたどり着き、そこで二人とは別れた。移動魔法の記録のために、さらに俺は一人馬車を乗り換えてストスリアに戻り、そこから移動魔法でノルデンヴィズに戻った。
ノルデンヴィズについたのはもう夕方だった。だいぶ長くなった陽も傾き、いつもの路地に長い影を作っていた。
昨日の今日だが、杖屋の向かいの例の骨董品店の様子を窺いに行った。ヤシマが紅蓮蝶を卸していたのはこの店なので話を聞こうと思ったのだ。
しかし、もともと暗い店の中はますます真っ暗になり外からは完全に店内がうかがえなくなっていた。様子がおかしいと近づいて見るとドアに掛けてあった札が留め金を残して無くなっていた。紅蓮蝶密売のせいかは分からないが、どうやら店を閉めてしまったようだ。
閉めたのはつい最近の様子で、店の前には売り物であっただろう骨董品が無造作に並べられている。いくつか壊れたものがあり、どうやら処分待ちのようだ。
その中に俺はあるものを見つけた。グスリだ。持ち上げるとパラパラと砂ぼこりが落ちた。埃だらけになっていたが、幸いにもまだ使えそうだったので俺はこっそりそれを持ち帰ることにした。(資源ごみの持ち去りは日本では法律に問われるが、ここは異世界。それに、差し押さえってことで大目に見てもらおう)
次の日の朝一で俺はブルンベイクに向かった。
ダリダにラジオの進捗状況を確認するためだ。店に入るとまずアニエスが出迎えてくれた。
どうやら今回は怒っていない様子だ。しかし俺の顔を見るなり、首を左右に振りため息をした。おそらく放ったらかしにされることに慣れてしまったのだろう。店番のエプロンを棚にかけると傍へやってきた。近づいてきた彼女の腰(と言うよりもほとんどお尻)に思わず手を回して繰り寄せてしまった。
自分でやっておきながら照れてしまい、お互い無言になったところへダリダが、あらぁ~、若いっていいわねぇ~みたいな顔をしながら裏手から出てきた。とりあえずその場ではアニエスから手を放し、ダリダの話を聞いた。
ラジオは数日前に出来ていたらしい。サーバセンターにあるコンピューターのように大きいものを想像していたが、一人暮らし用の冷蔵庫ほどの大きさだった。筐体は角を丸くされていてホライズンブルーだ。
この世界では珍しくレトロフューチャーなデザインで、白い枠の窓の中で何かが光っている。たぶんキューディラだろう。その見た目に高校生の時に買ってもらったあのラジオを思い出してまたしてもワクワクしてしまった。
ものすごく頑丈らしく、アルフレッドの全盛期でも簡単には壊せないほど頑丈らしい。試しに殴ってみるか? と聞かれたが、壊れても困るのでやめた。それからアルフレッドが抱えてノルデンヴィズまで運んでくれた。操作はだいぶ難解なようだ。辞書のような取説を渡された。
少しテストをした後、いよいよラジオ放送が始まった。だが、最初は本当に音楽を流すだけなので音声魔石をセットしてそのままみたいなものだ。追加をしたければ別のもので録音してコピーすればいいらしい。
なぜ真っ先に曲追加の話を聞いたのかと言えば、ククーシュカのためである。彼女にグスリを弾かせてそれを録音・放送するためなのだ。さっそく俺はククーシュカに連絡を取った。すると二日後に来ることになった。今どこと尋ねるとブルンベイクとノルデンヴィズの間辺りらしい。