表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/1860

真っ赤な髪の女の子 第五話

 亜寒帯の森の中、一本道はどこまでも続いていた。


 森が深くなるにつれてまるで行ったこともないのに、スウェーデンやほかの北欧の国々に来たような、もしかしたら俺は元いたところに戻ったのではないかと錯覚しそうになった。昼を過ぎても寒い森に入ってしばらくして気が付いた。この森の木々はトウヒがほとんどだからだ。トウヒの木は母親が好んでいて、実家の庭に植えてあったから覚えがあったのだ。久しく忘れていた記憶が揺さぶられて懐かしさと悲しさに襲われた。

 そして、道の果てにある大きい湖沼のほとりの村、ブルンベイク。


 アルフレッドのパン屋は大繁盛だった。

 以前橋を崩壊させた罪を押し付けてしまった前領主はこのあたりが領地で、かつて使いを出していたほどにおいしく有名なようだ。昨今の小麦の地域的な不足により休業が多くなり、営業日に買わんとするための客でにぎわいを見せている。


「よく来たね。イズミくん。リーダーが不在なんだって?大変なようだな」


 集会であった初老の男性、アルフレッドが店先で迎えてくれた。前日と言うギリギリの連絡にもかかわらず快くアルバイトの件を了承してくれた。


「よ、よろしくお願いします」

「今は原料に困っていないから、しばらくはもつので戦闘行為はなしだ。娘のアニエスが魔法の手ほどきをしてくれるだろう。しばらくは訓練を中心にしなさい。パン屋のほうはお客の入る時間帯に二、三時間手伝ってくれればいいぞ。ほとんど趣味でやっているようなものだから。給金だが、こんなもんでどうだ?」というと指を五本ほどたてた。

「エイン通貨で日当5000ですか?構いませんよ」


 少しずつ分かり始めた通貨の感覚で、実質二、三時間の勤務だから少し高いがそれくらいが妥当だろう。日割りの単純計算ではむしろシバサキのところより少し高いくらいだ。ここまで一度自力で来てさえしてしまえばあとは移動魔法で何とかなるので交通費はいらない。しかし、アルフレッドはうかない顔をした。


「どんな金銭感覚なんだ、君は」


 やはり期待しすぎてしまったか。始まる前からがめつい印象を与えてしまって嫌われていないだろうか。


「週五日で50000だよ。それに交通費も加算するぞ」

「は!?」


 予想していた金額の二倍と言う、思いもよらない破格の値段を提示してきた。ネット通販もコンビニもないので無駄遣いがほとんどなく、食事(100%外食)くらいしか趣味のない俺は無駄に金をため込んでいた。それではもらいすぎなのではないだろうか。貰っても意味がないということはないので貯金は否が応でもはかどりそうだ。さすが、趣味で、と言う割に店構えは立派で気風がいい。提示された額を貰うことには同意をしたが、移動魔法が使えるにも関わらずそこにさらに交通費を加算されるのは何かいけないことをしているような気持なので辞退をした。


 アルフレッドは「さて、家族の紹介だ。アニエス、来なさい」と娘を呼び出した。

 同じ職種、同じくらいの年齢、いったいどんな人が出てくるのだろうか。にわかに心の中に抱いていた不安が大きくなりついに形を成すときが来た。

 はぃぃ、とちいさな返事が聞こえて階段を下りてくる足音がした。


 シルバーのアクセサリーが揺れる黒のケープを着た、赤い髪を三つ編みにして鍔広のエナンを被った女性が現れた。視力がそこまで強くないからか牛乳瓶の底をそのまま切り取ったようにとても度の入ったラウンドのメガネをかけている。その姿に見覚えがある。ホカホカと湯気がでていて小麦のいい匂いのする出来立ての食パンのような女性で、母親であるダリダとは髪色以外は似ても似つかないほどおとなしそうだ。魔法少女と言うには少し年齢が高いようなので魔法使いさんだ。この間の集会で幌の中にちらりと見えた女性だった。そのアニエスという女性には失礼だが、もっさりした見た目にすこしだけホッとしてしまった。


「あ、アニエス、ですぅ。よろしくお願いしまぅ。ち、父から話は伺って、ぉ、ぉぉおりますぅ」


 ちいさな声は震えていて、語尾がよく聞き取れない。まるで木の枝が先端に向かって小さくなるように。背中を丸めて彼女の杖なのかぼろぼろの木の棒で顔を隠すようにして話している。目は上下左右に泳いで、視線が合っては離れを繰り返している。緊張されるとこちらまで緊張してきてしまうがそれではかえって悪循環になり、周りにいるご両親にもきまりが悪いので


「アニエスさん、よろしくお願いします。イズミと申します」


 そういって握手をするために右手を出すと、もじもじと戸惑っていた女性に硬直された。あ、は、と言葉ではなく漏れた息の音が聞こえる。


「娘は、アニエスはあまり男性と接したことが無いのでな。ましてや年の近い男性とはほぼ皆無だ。年の割に化粧っ気もないので少し心配でな」


 様子を見ていたアルフレッドがそっと耳打ちをしてきた。


「とりあえずよろしくお願いします」


 無理に握手をする必要もない。それなりに距離を取りつつ接していけばいいだろう。

読んでいただきありがとうございました。感想・コメント・誤字脱字の指摘・ブックマーク、お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ