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ルシールより愛をこめて 第二話

 共和国法律省長官マゼルソンの部屋の棚にはいくつもの盾が並び、彼の功績をたたえていた。その中には九芒星の金床(ノナ・アンヴィル)がさもありげに飾られている。ひとたび目についてしまったそれは、部屋に入るたびに俺の視線を奪った。

 だが、その盾は非常に古いものだということに気付いたのはその夜が初めてだった。ずっと昔の、マゼルソンに贈られたものではないかのように古く俺の目には映った。



 時間帯が遅いにもかかわらず、マゼルソンは彼のオフィスにいた。遅い時間故に彼も余裕があったのか、アポイントメントを取るとすぐに応じた。オフィスのドアと向かい合うようにあるデスクで作業をしながら、ノックをして入った俺を一瞥すると再び書類を見始めた。


「急ぎの用とは何かね?」


「先日報告された、破損修理不可ゆえに廃棄と報告された魔法射出式銃についての説明を求める」


 紙の束をマゼルソンのデスクに投げつけた。少々乱暴になってしまった。重火器管理記録表の重要な部分の写しがどっさりとデスクに置かれ広がると、マゼルソンは何事かとそれを見た後、流し目でデスクの向かいに立ちはだかる俺を見た。


「双子は帰ってきたのかね?」


「おかげさまで。だが、レトロスタナム、誘拐した組織とあんたが関連してる可能性が浮上してきた」


 デスクに覆いかぶさるように手をつき、紙の中に記載された事項を指さした。


「銃の登録を確認したところ、あんたの名前で破損使用不可ゆえに廃棄の報告がなされてた。それは構わないんだが、そのすべてが市中警備隊の魔法射出式銃で、そして普段は使われることのない予備だった」


 紙の表面をこんこんと叩いた。


「何が言いたいのか、いまいちはっきりしないぞ。その組織と私のした銃の報告にどんな関連性があるというのかね?」


 彼に少し腹が立ってしまい、思わずデスクを叩いて怒鳴り胸倉を掴んでしまいそうになったが抑え込んだ。まだ俺はイスペイネで起きたことを話していないのだ。


「俺たちは双子奪還の際、レトロスタナムの連中から魔法射出式銃を向けられた。幸いにも撃たれなかった。だが、その後に魔力雷管式銃が使用された。撃ったのはモットラと言う名前のモンタンに瓜二つの男だ。モンタンとは名乗らなかったが、彼でなければ知り得ないことを俺に言ってきた。あんたが報告をした銃と使用された銃が同じなのかの説明を求める」


 そう言うとマゼルソンは俺と書類を交互にまじまじと見た後、


「ふむ……では結論から言おう。その銃は同じものだ。レトロスタナムは私が支援していた。メンデルソンは私の連盟政府内での名前だ。世間的に死んだカミロは公にできない支援をするには都合がよかったのだ」


 と言った。やはりそうだったのだ。俺はデスクの両手を一度上げてドンとついた。カチャカチャとコーヒーカップが揺れて、ペンが紙の山から転がり落ちた。


「どういうつもりだ! ふざけるな! カミロが欲しがっていたブルゼイ・ストリカザを渡せとシロークに指示したのもあんたらしいじゃないか!」


 少し落ち着きがないとわかっていつつも俺はマゼルソンに声を荒げた。すると彼は突然右手をすっとあげた。


「まず、話を聞け」


 椅子から立ち上がると窓の外をちらりと見た。外はもう真っ暗だ。


「今回はすまなかったな。まさか錬金術師たちが分裂するとは思わなかった」


 自分の仕事のための資料を取ろうとしているのか、棚の前に移動し引き出しを開けている。


「あの槍を君たちに託したのは、事件事故に関係することなく穏便な形で解析してもらいたかったからだ。

 スヴェンニーだけが持てるということに私は気づいていた。彼らの誰もが軽々持てるということは、本来は軽いものであり、重さは掛けられた魔法によるものだと私は睨んでいた。

 軽いうえに頑丈、それは利用価値がある。だが研究するにはまず魔法を解く必要があったが、共和国には錬金術師はおろか魔力を持つ者がほぼいない。そこで連盟政府の錬金術師たちに依頼しようと思ったのだ。

 しかし、どうやって共和国に好意的な連盟政府の錬金術師たちにあの重たい槍を届けるか長い間悩んでいた。そこへ君がスヴェンニーの錬金術師を連れて来た。これを逃してはならないとな」


 引き出しの中から何かのファイルを取り出した。


「仲間の錬金術師の夫婦に託せば好奇心から調べると思った。そうすれば遅かれ早かれ錬金術が盛んなイスペイネにたどり着き、そこで最大組織であるレトロスタナムと協力して解明してくれると期待していたのだがな。まさか分裂するとは私も思わなかった」


 書類を取り終えると引き出しを閉め、そして取っ手に手をかけたまま前を向いて険しい顔になった。


「あの馬鹿どもが……銃まで提供してやったと言うのに、全て壊しおってからに」


 デスクに戻りファイルを置くと、突然頭を下げた。


「すまなかった」


 歳を重ね威厳があるように薄くなった頭を惜しげもなく、それも深々と。予想外の謝罪に俺は面食らってしまった。あのマゼルソンがこうも頭を下げるとは思わなかったのだ。


 長い間下げていた頭があげられると、俺は質問を重ねた。


「そもそもだが、革新派、古典派とかに連盟政府を二分したのは、あんたの分断工作か?」


 マゼルソンはピタリと止まると、「……なるほど、確かにそういう使い方もできたな」と目を開き俺を見た。この様子では分断工作はしていないようだ。だが、自分が起こさせたというとり方もできる様な、何とも不愉快な言い方だ。これ以上はめまいがしそうだ。


「モンタンとのつながりはどうなんだ?」


 俺は話題を変えた。


「今さらだが、彼はスパイだ」とマゼルソンはわかりきったように表情を変えずに応えた。


「だが、今回の彼への指示は“私の秘密保持”だ。スパイ活動ではない。君には気づかれてしまったが、その他は気づいていない。

 まぁ、任務完了と言っていいだろう。彼は共和国の、いや私のスパイでもあり、連盟政府のそれでもあるようだ。それゆえにいったい何重スパイなのかはわからない」


「あの男は何者なんだ? 何が目的だ?」


「わからんな。彼はエルフとスヴェンニーのハーフだ。最悪なことに両方の特徴を顕著に出してしまったのだ。どちらも蔑む連盟政府内では生きづらかったのだろう」


 マゼルソンは椅子に腰かけると、冷めきったコーヒーを一口含みにわかに渋そうな顔になった。そして姿勢を正し、肘をついて口のあたりを手で覆った。

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