ルシールより愛をこめて 第一話
俺はヤシマに移動魔法を酷使させ、共和国首都グラントルアの軍部省長官のオフィスに向かった。
勲章会議の後でアポイントメントを取ったので、忙しかったユリナとの面会は彼女の暇な時間ができた夕方になった。
オフィスのドアをノックすると、ダークエルフの女の子がひょっこり顔をのぞかせた。部屋を間違えたかと驚くと、彼女はパッと笑顔になり「イズミさんですか?」と尋ねてきた。すると後ろからユリナが手を振っているのが見えた。
「おーす、その子、新しい軍部省の一等秘書官だ。私の秘書、可愛いだろ?知ってっか?イスペイネの連中ってダークエルフと似たような航海術を使……」
可愛いと言われて縮こまり、もじもじと頬を染める女の子に構わずベラベラしゃべり始めたユリナは会話に飢えているのだろうか。
女の子にお礼を言って開かれたドアを抜けながら「ユリナ軍部省長官」と投げつけてくる言葉を遮る様に名前を呼んだ。
「おう、なんだ? 改まって。双子ちゃん無事だったんだろ? まーだなんかあんのか? お、ついにアニエス孕ませたか? 今度のデキ婚はお前らの番か? 仲人なら任せろ。親父のキ〇タマからの馴れ初め語ってやるよ。時空系の魔法を使ったどんなハードな……」
本当によくしゃべるな。秘書官がコーヒーを淹れてくれている。もちろんイスペイネ産ルカス豆。カフェイン取り過ぎなんじゃないか。
「少し静かにしろ。真面目な話だ。だが、あんたの大好きなタマの話だ。軍部省長官としてあんたに尋ねる。新しく作った魔法射出式銃の登録はどうなってる?」
「あいっかわらずノリわりぃなァ。それがどうかしたのか?」
良い匂いがしてくると秘書官がローデスクにコーヒーを置いてくれた。どうもと言ってそれを持ち上げると俺はユリナの机の角に腰かけて前かがみになり、
「連盟政府内で使われた。双子救出の際に俺たちは銃口を突き付けられた。仕組みを知らない錬金術師たちが扱って壊れたから撃たれることはなかった。だが、それだけじゃぁない。魔力雷管式銃まで出てきた」
と秘書官にも聞かせないように囁いた。聞くなりユリナの表情は変わり、一等秘書官に部屋から出るように指示をした。
一口すすり、カップを机に置いている間に彼女が出て行った。それと同時に立ち上がったユリナに俺は襟首をつかまれてすごまれた。
「説明しろ」
こうなるだろうと思った。俺はイスペイネでのことをすべて話した。
話を聞いた彼女はドアの外で待機していた一等秘書官を部屋に招き入れると「この後のアポはすべてずらせ。聞いたことは口外するな」と指示を出した。彼女はまだ新人のようであわあわと慌てふためいている。
俺は、うんうんうんと素早く頷く彼女に、ユリナにコーヒーをあまり飲ませすぎるなと伝えて、ずんずんと振り返らずに歩いていくユリナの後を追った。一つ下のフロアに降りて角を曲がり人の流れの少ない方へ向かい、いくつか並んでいるドアの一つ前で立ち止まり中へと入った。
その部屋の中は埃の匂いはせず、その代わりにたくさんの紙の中にわずかに置かれている紙魚よけの防虫剤の匂いがする。大きな窓がありそこから西日がカーテンのわずかな隙間に差し込んでいるが、分厚い遮光カーテンは紙を焼かせぬと身を挺して日光を遮断している。
ユリナが部屋の照明を付けると何列、何段もの書類の壁が視界いっぱいに広がった。そこは古くからある大量の書類が保管されているようだ。しかし、どれも最近触られているようで埃だらけと言うわけではない。
ユリナは奥へ奥へと向かっていった。迷路のような棚の間を進んだ後、引き出しのある大棚の前で立ち止まると書類ケースを取り出した。背中に『共和歴9年後黄麦月、重火器管理記録表』と書かれている。
紙の束をぺらぺらとめくりながら「魔力雷管式銃についての登録を調べてる」と言うとある位置で手が止まり、その中から一枚を持ち上げると渡してきた。
「魔力雷管式銃は見ての通り、全て共和国内にある。記録も先週の時点でそれは確認済みだ」
全ての欄には同じ印がなされている。それは共和国内の指定の場所(軍部省直轄の施設)でメインテナンスと所持確認が行われた証だそうだ。その印にはユリナの魔術が組み込まれており、魔力の有無にかかわらず押印した者を特定できるので偽造は困難だそうだ。
「となると、未登録の銃があるのか」
「可能性はある」とユリナは腕を組み、唇を弄った。「魔力雷管式銃のメーカーはチャリントン・インダストリーだ。選挙中も鳴りを潜めていたが、いうなれば保守派閥だ。サイレント・コンサバティブ」
チャリントン、つまりリボン・リバース団の……。選挙中の動きをマゼルソンはすべてお見通しだったというワケか、本当に末恐ろしい男だ。太っていたあの子があまり目立たなかったのはそういうことだろう。だが、保守派閥の銃が使われたということは。
沸き起こる確信に近い何かを抑えていると、ユリナはさらに奥へと向かって歩き出した。
今度は魔法射出式銃の管理表を取りに向かったのだ。遅れずについていき、彼女の横で立ち止まると今度は書類の分厚い束を渡してきた。魔法射出式銃は数が多いため書類も多いようだ。だが、彼女はパラパラとめくり、あるページで止まると見せつけてきた。
「魔力射出式銃は登録では、新しいのは予備も含めてすべて法律省の市中警備隊のものになってる。そのうちのいくつかが破損修理不可、廃棄で登録解除された」
チッと舌打ちをするとわずかに漏れる外の西日の方を見た。そして棚を拳でドンと殴った。手加減している様子だが、大きな棚はゆさゆさと揺れている。
「言われて気が付いたが、登録解除されたのはすべて予備として登録されてたんだ。まず私が気付くべきだった。予備だっつーのに破損てのはおかしいってことにな」
「それはいつ報告された?」
「ついこの間だ」
「誰にだ?」