アホウドリの家族たち 第十話
「さて、ヘマ・シルベストレ。君は自分がしたことを理解しているかね? 君の部下の独断とは言え、そこへ走らせてしまった責任は君にある。何か釈明はあるか?」
問われたヘマは以前よりも落ち着いた様子を見せているが、髪は乱れていて腫れた目じりに足跡ができている。
「わらわは北部の孤児を支援するためにエイン通貨を稼ごうとしていたのじゃ。ヴィトー金融協会の北部支部に設立された辺境孤児支援基金など不透明過ぎて当てにできぬ。いまさら無様に許しを請うなど……」
頭目として気丈に立ち振る舞おうとしているが、わずかに震えた声はか細い。弱弱しくそう言った後、消えそうな声と共にいなくなってしまいそうだ。ヘマの様子を見たカリストは口をへの字に曲げている。
「君が過剰に求めたために、部下が凶行に走った、ということか。孤児救済と言えば見上げたもので、本来なら褒められるべきだが、その裏側にあることが問題だったようだな」
僅かにできた間に俺は滑り込むように口を挟んだ。
「それは少し違いますね。アニバルが過剰に期待に応えようとしたことが原因です」
カリストは再び驚いたように俺を見た。
「君はそれも把握しているのかね?」
「アニバルを拘束したのはヤシマです。俺……自分の協力者です。カルデロン家の協力もありました。彼単独で行っていたので仲間はいないようです。幸いにもモットラ、モンタンは把握していないはずです」
カリストは「幸いにも」のあたりで眉をピクリと動かし、そのまま口を少し開けて俺を見た後、エスパシオをちらと見た。それにエスパシオはゆっくりと頷いた。
「ふむ、そうか。アニバルは今刑に服している。とりあえずは落ち着いたということか」
すると、瞬きすらしているのかわからないように身じろぎ一つしなかったバスコが揺れだした。
「使用人とはいえ、シルベストレ家の者が葉の見わけもつかないとはなァ」と肩を揺らしながら笑っているのか泣いているのか、感情のわからない反応を見せている。その姿を見るとカリストは難しい顔をした。
「責められるべきはヘマだけではないぞ。バスコ、知らなかったとはいえ君の甥のしたことは許されざるものだ」
「承知しているゥ。此度の古典復興運動激化の原因は我が甥、カミロにある。どうやら、実験から降ろされたと喚いていたらしいがァ、彼はもともと追い出された身だ。外で大した成果もあげられず五家族の名前でイスペイネに戻ってきた、要は出戻りのようなものだァ。
優秀なだけで独創性、それに具体的な成果がない。それだけならまだしも、マテーウス治療院も脱走しシスネロス家名義で支払った治療費も踏み倒して雲隠れした。こちらとしては真っ当な理由で見限ったのだがなァ。迷惑な話だ」と背筋を伸ばすと首をぐるりと回した。
「これからは沈静化に向けて動くゥ。革新派、古典派、さらに神秘派と広啓派、あくまでイスペイネ自治領内部での話だが、どの派閥の裏にもトバイアス・ザカライア商会の息がかかっている様子はない。そのうえ現状でカミロは殺害され、その関連団体は崩壊した。自治領内では表面上は収まるのはすぐだろうゥ」
「呑気な奴だな。この件に連盟政府が何を言ってくるかわかっているのか?」
「ここへ立ち入れないトバイアス・ザカライア商会どもと結託して、海上交易の利権に首を突っ込んでくるでしょうなァ。カルデロン・デ・コメルティオがかねてから気に入らないのは明白だァ。家柄も序列も、連盟政府の連中からしたら関係ない。イスペイネで一緒くただろうゥ」
「まったく……事後の対応は任せるぞ。各家族、自らの行いを反省すべきだ。不義は正し、真っ当に生きるべし。具体的な処分については、あー……、まぁ……保留ということで。私からは以上だ。イズミ君に勲章を。ああ、後で二人分の信天翁金冠勲章を渡すから、持って行きたまえ」
カリストはやや投げやりにそう言った。そして、彼がドアの方を見ると上品なお盆を持った使用人が出てきた。
お盆の中に乗っている勲章は、羽を広げたアホウドリの背後に12本の剣が円形に配置されたかなり大きめのものだ。真横に立った使用人から渡されたそれは、金メッキやブラスでは出せないようなズシリとした重さがある。付いている金属はおそらく純金だろう。
俺はこれまでにどこかで勲章をもらうような式典に参加したことはないが、こういうのは付けてもらえるのではないだろうか。多くの民衆に見守られながら偉い人につけてもらうことで勲章は見た目以上の価値を与えられて、それを身に着けた人間にも箔が付くのではないだろうか。
ここで渡された俺はまだしも、オージーとアンネリの勲章、信天翁金冠勲章はまるで結婚式の引き出物の紅白饅頭のように渡されるだけだ。
これは、勲章やるから黙ってろ、ぶっちゃけあんまりあげたくねーけどな、と言うことだろう。
だが、名誉なんか知ったこっちゃない。どうでもいい。
シルベストレ家、シスネロス家に対する処分は保留か。この場では特に言及しないのだろうか。それともカリストの性格的な“事なかれ主義”でこのまま事後処理をしてうやむやにしてしまうのだろうか。うやむや、と言うとどうもあまりいい意味はないが、もしそれで五家族がこれからも変わらないのであれば、俺の出番はもうない。
ある意味での結束ではないとわだかまりもあるが、イスペイネ自治領が五家族体制を維持するならばそれでいい。
ふぅやれやれ、とため息をしたカリストの様子では会議ももう終わりのようだ。ならば俺もお暇させてもらおう。立ち上がろうと椅子の手すりに手をかけた。
しかし、解散間際になりルカスが突然挙手をした。
「ここで私からの議題の提出だ」
カリストがそれに気づくと、何かね、と動作を止めてルカスを見た。
「五家族と言うものを一度解散すべきだと思う」