アホウドリの家族たち 第九話
それからエスピノサ家頭目カリストが、そして最後にはカルデロン家大頭目エスパシオが悠々と現れて上座に座った。
俺はエスパシオを見たのはこれが初めてだ。騒動が終わってから顔を合わせることになるとは。ティルナと兄妹と言う割には、それなりに似てはいるが、兄妹であるというほど似通っている様子はない。そして、どの頭目よりも一番若く見える。ティルナとは年が離れた兄妹と言うわけではなさそうだ。
全員が座ると、咳払いをしたカリストがぐるりと参加者を見渡して話を始めた。
「さて、皆の者、今日臨時で集まってもらったのはほかでもない我が五家族の昨今の状況を話し合うためだ。だがそれは長くなろう」
ややあって口を曲げると「あまり言いたくはないが、どの家族も問題を抱えてしまっている。まずは騒動を治めてくれた賢者のイズミ君の勲章授与を行おう」と言うと人差し指で使用人を呼び寄せた。
さっさと渡して俺を追い出そうというのか。だが俺には目的がある。当初はさっさと受け取って終わりにしてしまおうと思っていたが、ヘマとアニバルを見てからはそうもいかなくなった。
「あーっと、失礼、式典ではないので色々お伺いしたいと思います」
咳払いをして無理やり自分の方向へと話を向けた。
「モットラが言った言葉について説明をしていただけますか?」
下を向いていたヘマさえも顔を上げて驚いたように俺を見ている。
「ティルナの言った通り、君は何かと肝が据わっているな。その男が何だというのかね? 最終的に双子は助かった。それでいいではないか。私は一市民が盾ついていい相手ではないぞ」とエスパシオは流し目で見下すようになった。
それをカリストは、まぁまぁとなだめるとデスクの上に肘を立て、手を組んだ。
「イズミ君、申し訳ないな。私が連盟政府に古典復興運動の鎮圧を依頼したのだ。そして派遣されてきたのがモットラだったのだ。武力にしろ説得にしろ、鎮圧をかけるためのまっとうな理由がなかなか見つからなかった。
そこへタイミングよく双子の誘拐が起きたのだ。それを利用させてもらった。だが、彼がどういうプランで動いていたかは私にもわからなかった。まさか子どもを犠牲にしようとしていたとはな。彼がタダの観光客ではないということを黙っていたことと重ねて詫びよう」
目を細めて俺の方を見ている。糸のようにして微笑んでいた目をわずかに開けると、
「あれ以降、モットラの行方は分からないが、双子は無事、古典復興運動を煽る者の処分ができた。その働きには大いに感謝する。そこで君には最高勲章を与える。通常であれば豪勢な式典を執り行うのだが、状況が状況でな。申し訳ないがそれはなしだ。そして、これがどういうことかよく考えたまえ」
と言い表情を無くしていった。
「黙っていろ、ということですね」
立てていた肘を下ろすと、脅すような表情は再び微笑みへと変わっていった。
「物分かりが良くてよろしい。だが、勲章授与者の名誉がある。他に何か言いたいことはあるかね?」
カリストは話を聞かない人間ではない。が、話をする機会を与えるという形式だけで、何かを話したところで聞いてはいないのだ。
カリストがモットラの素性に対して疑問を抱かないのは事態も収拾してもはや無関係だと思っているからだろう。
モットラが去り際に言った任務は、“ある人”の秘密保持、古典復興運動の鎮圧、双子誘拐事件の解決、それとブルゼイ・ストリカザの回収だった。モットラが任務に忠実であり、依頼者に余計な報告はしないというのをカリストは知らずのうちに見透かしていたのだろう。
モンタンがサント・プラントンの自警団の一人であるモットラとして連盟政府中枢に報告するのは、古典復興運動の扇動者の殺害と双子誘拐事件の解決だけだ。ブルゼイ・ストリカザの回収を指示したのはおそらく連盟政府中枢ではない。和平交渉に向けて動き出した中でそんなことはしないはずだ。
あるいは謀反を企てている誰かがいるか。
そして、密輸に関して知っていたとしても、彼は共和国側のエルフでもあるのだ。どちらかで必要以上にべらべら情報を垂れ流し、スパイである自分の首を絞めるようなことはしないはずだ。
カリストは、素性が知れないモットラは連盟政府中枢の回し者ぐらいとしか認識しておらず、あちこちのスパイであることには気が付いていない様子だ。
ならば自治領レベルでは済まされない話題は食いつくだろう。例えば共和国のスパイだという話とか。
「エスパシオ大頭目とその他の頭目の皆様、あなた方はモンタンと言う男をご存じですか?」
「モンタン? 聞いたことはないな。それがどうかしたというのだ?」
「モンタンとはモットラのことです。マレク・モンタン。彼がルーア共和国にいるときの名前です。マレク・モンタン政省一等秘書官」
「根拠はあるのかね?」
カリストは割って入ると、少しあざ笑うかのように口角を上げてさらに続けた。
「それとも陰謀論が好きなのかね?」
「現場にいらしたカリスト頭目は覚えておいでかもしれませんが、去り際にした敬礼は“共和国に繁栄あれ”と言う意味の共和国式です。あちらのスパイである可能性はゼロではありません。そして、連盟政府からわざわざ派遣されるような人材が街のごろつき崩れの自警団の一人だとは思えません」
カリストは口を押えて肩を揺らしている。なるほど、聞く耳は持たず、か。
「つまり、彼は連盟政府とエルフ側の二重スパイだと言いたいのか?」
そこへカリストに変わり、押し黙っていたエスパシオが応えた。
「その可能性を考えてください」
三重、あるいは多重スパイである可能性は言わないことにした。
「覚えておこう」とエスパシオが言うのを横目で確認すると、カリストは姿勢を正し呼吸を整えるとヘマの方を見た。