アホウドリの家族たち 第八話
シルベストレ家のアニバルの行いはカルデロン家のみならず、五家族全体にすぐに伝わった。会議直前に発覚した不祥事で混乱を見せたが、五家族の頭目同士で立ち話程度の話し合いが行われ、カミロを暴走させたシスネロス家同様シルベストレ家にも何かしらの処分が下ることがその場で決定したようだ。だが事態は一応の収拾を見せており、処分内容は未定だそうだ。
アニバルを送り出したあの夜以降、幸いなことに目立った事件は起きていない。捜査に協力する中でたまに見かける頭目たちがこれ以上何か起きてしまわないかぴりついていたからかもしれない。忙しいはずの彼らが顔を出していたのは、おそらく俺たちがまた余計なことをしないか監視の意味もあったのだろう。
古典派分裂騒動なのか、双子誘拐事件なのか、複数の事柄がこんがらがったので未だに事件の名前を決めることができない中で、廃墟での現場検証等も行われて日々はあっという間に過ぎていった。
そして、いよいよ勲章が授与される会議の日がやってきたのだ。会議はカルデロン家の本宅で行う。俺は一人で呼び出されたが、指定された場所がわからないのでティルナに案内をしてもらった。別宅から歩くこと15分、街の中心に向かっていたはずだが、右側の柵越しに大きな森が見え始めた。
「ティルナ、こっちであってるの?」
「合ってますよー」とティルナは軽い足取りだ。実家に帰れるのがうれしいのか。
確かに海に近づくために坂を下っているような気もする。だが街とは思えないほど大きな森で外れに向って行っているのではないだろうかと、少し不安になった。
「まだつかないの?」と尋ねると「もう着いてますよ」とあっけらかんと応えた。
「森が広がってるんだけど」
「これはもう敷地ですね。今門に向かっているところです」と首だけ振り向いて微笑みかけてきた。
だいぶ長いこと森の横を歩いているような気がするが、このすべてがカルデロンの敷地なのか! やはり大頭目と言われるだけある。所有する敷地面積も半端ではない。
それからもしばらく歩くと門(言わずもがな大きい)があり、ティルナが近づくと何も言わずに自動ドアのように開かれた。俺はここを通過していいのだろうか、なんだか申し訳なさに苛まれながら彼女の後をへこへこと付いていくとノルデヴィズ、ストスリア、サント・プラントンなどで見かけた様々な建築様式の混じったような建物が見え始めた。街並みと同じく白い壁にオレンジの屋根であることは統一されている。玄関わきには馬車が四台ほど止まっていて他の頭目たちはもう来ている様だった。
建物の玄関に着くとティルナは、じゃここで、と立ち止まってしまった。こういうところに単身で乗り込むのは性に合わない。いや単純に怖い。
しかし、入らないわけにいかないので、意を決してライオンが咥えているドアノッカーを三回ほど鳴らした。しかしなかなか出てこない。不安になり、後ろを振り返りティルナを見ると、両手拳を握り上げ、がんばれ! と動かし、素早く頷いている。
困ったな、と前を向くと同時にドアが開き生唾を飲み込んだ。カルデロン家の使用人が現れたのだ。そして名乗ろうと息を吸い込んだ瞬間、お待ちしておりましたと中へと通された。
中に入れば使用人がズラーっと花道を……と言うのはなかった。
エントランスから見えていた階段を上ることはなく、すぐに脇に逸れて廊下を進んだ。まだ会議までは時間があるそうだ。それぞれの家の頭目はそれぞれの部屋でくつろぎ(くつろげない人もいるだろうが)、開催の時間まで過ごしているそうだ。到着したのが最後かと思い少し焦ったが、取り越し苦労だったようだ。俺は使用人についていき、真っ先に会議室へと向かった。
部屋にはコの字型のテーブルに椅子が六つ並んでいる。ドアに一番近いところにある椅子は明らかに他の部屋から持ってきた物であり、位置的にも下座だ。そこか、と思うと使用人はやはりそこに座るように指示してきた。使用人に上着を預けて腰かけ、部屋をぐるりと見渡した。
部屋の窓は大きいが北側を向いているのか、日差しは差し込んでこない。窓から望む庭に建物の長い影が伸びている。その影の内側で温まらない部屋は広く、ワックスのかかったフローリング床は天井を映し返して寒々しさを煽っていた。テーブルに触れるとクロスはひんやりと冷たく、体の芯から冷えてくるような気がした。
使用人が出て行ってしまうと、その部屋には完全に俺一人となった。生活音さえ聞こえないそこで俺は会議が始まるのを待ち続けた。
開始時間の少し前になるとルカス、ヘマが同時に部屋の中へと入ってきた。揉めるのが面倒なので使用人がタイミングを計ったのだろう。しかし、本来ならバスコが最初に来るはずだが来てはないなかった。それを見てルカスは首を左右に振っている。
それから数分後にひょうひょうと悪びれもなく(必要はないが)バスコが現れた。ルカスの怒りに満ちた視線を物ともしていない。ヘマは元気がない様子で終始下を向いているだけだった。