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アホウドリの家族たち 第五話

 私にはヘマ様に恩があるのです。


 20年前の魔力消失事件の際にイスペイネでも多くの貴族が没落しました。そのときに私の一族も煽りを受け没落しました。両親が自害してしまい、たった一人残された子どもの私をヘマ様は拾ってくれたのです。

 使用人見習いとしてですが、住む場所と教育を与えてくれました。やがて大人になり本格的に使用人として働き始めるようになったとき、手を差し伸べてくれた恩義だけではなく、厳しい物言いとは裏腹に優しさのあるヘマ様にお仕えできることは日々の輝きだと感じていました。


 そんなあるとき、ヘマ様から北部の孤児たちを救済する事業を興すためにエイン通貨を集めているという話を私は聞かされました。私は何が何でも稼がなければと思ったのです。

 なんとしてでもヘマ様の事業を成功させたかった。それだけではありません。魔力消失事件から時間は経っていたものの、その後の混乱の中で遺されてしまった子どもたちは北部には多いのです。


 私はもともと貴族であり、すぐにヘマ様に保護されたので貧困にあえぐことはありませんでした。しかし、穏やかな気候の首都やイスペイネよりも厳しい環境の中でさらに困窮し生きる彼らを助けるために私はなりふり構ってはいられなかったのです。


 日々の中で業績を上げるとヘマ様に褒められることが多くなり、私はますます力を入れました。どんな小さな業績でもお褒めの言葉をいただきました。ですが、ひとたび業績が落ちるとヘマ様に悲しそうな顔をされてしまうのです。


 そのとき怒鳴り散らして、罵倒してくれた方が私には気が楽でした。二度とそんな、悲しみに暮れる様な顔は見たくない。そう思いました。ですが、ルード通貨の対エイン通貨価値が下がり始めていて業績は日々下がる一方でした。



 アニバルは動き辛そうに体勢を起こして膝をつくようになった。


「そんな時、名前も知らない男が突然現れてその種を置いていったのです。これを育てて、咲いた花の芽や葉をタバコに混ぜれば高く売れると」



 そのとき、それが何なのか私は知りませんでした。最初は半信半疑で、すぐに枯れてしまうだろうと思っていました。しかし、日当たりの良いところに植えるとすくすくと育ち、あっという間に花が咲きました。

 それからすぐに指示通り花の芽を収穫しようとしていました。ですが育ったころ合いを見ていたのか、種を託した男が再び現れたのです。男は、私がしようとしていた収穫を止めさせ、種ができるまでは待てと指示をしてきました。種を増やして株を増やせということでした。


 それからすぐに種はできたので収穫し再び植えてを繰り返していくうちに、畑はすぐに一杯になりました。それから男の指示通り、花の芽を回収しタバコに混ぜて売ることにしました。


 しかし、流通規格外のタバコの販売は簡単にはできません。どうやって売ったらいいのだろうかと悩んでいると再び男が現れて、今度はノルデンヴィズで売れと言ってきたのです。ですが、ノルデンヴィズまでは長い道のりがあるというと、また別の何やら怪しい男を遣わしてきました。

 その別の男は移動魔法を扱えるということで私は彼に売ることにしました。言われるがままに花の芽を混ぜたタバコを売ると、とてつもない額の報酬を受け取りました。あまりにも怪しいと思いましたが、それで業績はすぐに元に戻りました。

 それどころか、以前よりも右肩上がりになりました。そうなると調子に乗ってしまうのです。私は栽培の数をさらに増やし、明るみに出てしまわぬように受け渡しはスラムの住人を雇い、任せました。


「あまりに高額なので怪しいと思い、一度調べたところそれは禁止されたものだということを知りました。私は何も知らなかったのだとショックを受けました。してはいけないことをしている自覚はありました。しかし、私には止められませんでした」


 膝立ちのアニバルは下を向いている。泣いているのだろう。床にはぽつぽつと涙が落ちていく。


「そこへ俺たちが来た、と。そして邪魔をされたからヤシマに襲撃をかけたのか」


「バレるのが怖かったのです。このまま知らぬふりをして事業が成功して終わってしまえばよかった。そして何事もなかったかのように忘れてしまえればよかった」


「甘かったな。いずれバレる。神は見逃さず、人の目を通して行いのすべてを見ているってな」



 アニバルを責めながらも、俺は少しだけ彼に関心していた。

 彼の発する言葉の中で『ヘマ様』を一度も主語にしていない。あくまで自分がやったという姿勢を貫いているのだ。彼のしたことは家族であるヘマのためなのだ。彼女を心から慕うゆえに、悲しませたくないという願いは彼の中でいびつに歪んでしまったのだろう。

 だが、だからと言って決して許されることではない。


「すべて、何事もすべて、私の責任です。ヘマ様は、ヘマ様は関係ありません」


 上ずり絞り出すような声で、初めてヘマを主語にした。それさえも彼女を守るための言葉だ。


 アニバルはややあって顔を素早く起こすと、


「ヘマ様、申し訳ございません」


 と、その涙でぬれた顔をヘマにまっすぐと向けてそう言った。



 だが間髪入れずに、スパン、と軽い音が広い部屋いっぱいに響き渡った。ヘマはアニバルを平手打ちにしたのだ。


「申し訳ないではすまされぬぞ!」

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