アホウドリの家族たち 第一話
「あ! おはようございます!イズミさん」
ティルナは朝食をとりにダイニングを訪れていた俺を見るなり、スキップでちょこちょこと近づいてきた。
「開翼信天翁十二剣付勲章、おめでとうございます!」
双子誘拐事件解決と古典復興運動拠点の排除などの業績を讃えられ、イスペイネ自治領では最高勲章である開翼信天翁十二剣付勲章という長い名前の勲章を授与されることになったのだ。まだ事後処理も済んでいない事件解決当日の夕方に決定するという異例の速さだそうだ。オージーとアンネリも信天翁金冠勲章を授与されるらしい。
「おはよ、なんか話が急じゃない? あんまり実感はわかないんだけど」
わきわきと踊る様に喜ぶ彼女を落ち着かせるように椅子に座らせて、その隣に俺も座った。
「何言ってるんですか!? イスペイネにおいての最高勲章ですよ? 持っていれば、兄さ……大頭目まで声が届くなんてすごいですよ! お二人もよかったですね!」
オージーとアンネリは騒動を乗り切り、起きてはいるものの疲れ切った顔をしている。オージーは出されたコーヒーカップを両手で包み込み、アンネリは傍らの揺りかごを揺らしながら、二人とも日光にしょぼくれた瞼を開けてティルナを表情少なに見ている。
五家族と同じように、勲章にも五段階あるそうだ。俺は一番上、二人はその一つ下。だが、今回誰が一番活躍したかと言えば、俺よりもあのクソ野郎を含めたスヴェンニーの三人のはずだ。俺がチームリーダーということでそうなったらしい。
「でも残念ですね。授与式典は執り行われないそうですよ。和平交渉もあるこの時期には厳しいって。式典後のパーティーで美味しいものたくさん食べられたのになぁ」
そう、ティルナが言った通りなのだ。授与が行われるのは授与式典ではなく、頭目会議の場とのことだ。俺たちは解決のために五家族たちの暗部をほじくり返すだけほじくり返してしまったわけだ。民衆を集めて式典を開催してその場で声高らかに、俺たちの業績、つまり自らの悪行を列挙するわけにはいかないのだろう。
そのおかげで五家族はブエナフエンテ家、シルベストレ家、シスネロス家、渦中のこの三家族以外も巻き込み、ギスギスとした間柄になってしまった。和平交渉目前と言う、一番まとまらなければいけない時期に、である。
とはいうものの、アンヤとシーヴ、双子は帰ってきたのだ。
伸びをして椅子の背もたれに身を任せ、ドラセナ鉢の横の大きな窓を見た。外は昨日の雨などなかったように晴れ渡っている。夜明けまで降り続いていたのだろう、窓ガラスには乾きかけの水玉模様。陽が昇ればそれもいずれ消えて行く。朝日を浴びた白とオレンジの建物の先には海が見え、何隻もの大きな船が行きかっている。忙しさに目を回していた俺はこの国の姿を見ていなかったようだ。改めて見た街の風景は俺の目をくぎ付けにした。
会議までは一週間ある。一日くらいのんびり過ごしてもいいだろう。
それにしても、ティルナが一番はしゃいでいるのはなんでなんだろうなぁ……。
船の汽笛が聞こえる。長いのが二回。短いのが一回。
朝の活気が落ち着き始めた街を散歩して、俺は一人レトロスタナムの拠点跡に向かった。
その途中、花屋で手頃な花束を買った。季節柄、カモミールがいい匂いをさせている。マリーゴールドのほうが存在感はあるが、まだそれには早いのだ。
あれから火災は鎮火することはなく降り続けた雨も構わず明け方まで燃え続け、青々としていた建物を覆い隠すためのシダの森も何もかも燃やし尽くした。どれほどの高熱だったのだろうか、燃え残りそうな実験棟の建物すら残すことなく全焼してしまった。
門があったあたりに立つと、非常線の向こう側では残骸がまだわずかに熱を持ち、細く煙を立ち上げている。しかし、これまでの出来事が何事もなかったかのように静かで、煤臭い風が吹くとわずかに残った黒焦げのカーテンがはためいた。
哀れだが必死に生きたカミロと、犠牲になった研究員たちに花を供えた。
額に手を当て、空を見上げた。大きな建物が無くなり、大きく広がった空をアホウドリが滑っていく。青い中をどこまでも。
レトロスタナムの廃墟から戻り、カルデロン別宅で再びまとまったヒューリライネン一家の部屋を訪れた。陽だまりの部屋の家族を、俺はドアの横の壁に寄りかかり影の中から見ていた。開けられた窓からは穏やかな春の日の風が静かに流れ込んで、タッセルにまとめられた白いカーテンが苦しそうに揺れている。
弾くような、長い金属線が空気を揺らすような音はギターだろうか。誰かの弾く弦楽器の音が風に乗り流れてきた。僅かにしか聞こえないそれはとても穏やかで、心地よいものだった。
オージーの足の貫通銃創は高度治癒魔法のおかげですっかり塞がり、車いすでの移動をしているがもう歩くことはできるようだ。誘拐されていたアンヤとシーヴは健康状態に全く問題はないそうだ。誘拐された先でもきちんと扱われていたようで、栄養状態も悪くない。二人とも両親を見ると笑顔になり、だぁだぁまぁまぁ、と久しぶりの温もりに甘えている。
午後の木漏れ日の中で両親に囲まれた二人はとても幸せそうだ。何かトラウマになることもないそうだ。ある程度育つまでは分からないが、きっと大丈夫だろう。張り詰めていた気分が緩み昨夜はオージー、アンネリとも放心状態だったが、一夜明けた今ではストスリアで見ていた日常のような光景が戻っていた。その姿を見て俺は少しだけ安心することができた。
俺は邪魔だろう。そこにいてはいけない気がしたので部屋を後にした。
双子は帰ってきたのだ。それで十分だ。