ウロボロスの王冠と翼 最終話
足元で湯気を上げる薬莢を踏みにじるとモットラは口を開いた。
「雨でもきちんと撃てますね。さすがは魔法の力。魔法射出式銃は杖もちが使うと壊れるのは知りませんでしたね。だが魔力雷管式銃は杖もちが使っても壊れない。最後まで動いてくれて良かったです。だが、さすがに連射しすぎたようですね。無駄に撃ってくれたおかげでもうダメそうです」
銃口を軽く吹き、目の高さまで持ち上げて引き金のあたりをのぞき込んでいる。
「それにしても必要以上にしゃべるのは感心しませんね。技術の中身だけ言えばいいものを。おかげで解析の手間が増えました」
銃を上着の中へと仕舞った。
「ですが、最低ノルマはもう達しました。ブルゼイ・ストリカザの回収、秘密保持、古典復興運動の鎮圧とそれに巻き込まれた双子捜索……さて」
するとゆっくりと槍とシーヴを天に掲げた。
「イズミさん、選ばせてあげましょう」
槍からは血液が洗い流され地を汚し、幼いシーヴは突如さらされた冷たい雨に泣き声を上げ始めた。
「どっちが欲しいですか?」
「ふざけたこと言うな。両方ともだ。さっさと返してもらおう」
即答だ。そんなのは決まっている。
首が座っていないのに手で背中を持ち上げる様な持ち方はまずい。それに早くしなければシーヴの体力が奪われてしまう。
しかし、俺の返事を聞いたモットラは不敵に笑いだした。
「それはできません。どちらか一つです」
「どういうことだ?」
「あなたがシーヴを選んだ場合、私はこの槍を持ってある人のところに行きます。その人はこの槍を解析して戦争を起こそうとしています。それも大きなね。いったい何人が犠牲になるのでしょう? 一人と天秤にかけていいのですか? 反対に、あなたが槍を選べば戦争は回避できるかもしれません。そのとき、この子は私には必要がないのでどこかで処分します」
まるでシーヴを物であるかのような言い方をしている。
「ふざけるな! ある人って誰だ!?」
「誰でしょうね? あなたならわかるんじゃないですか?たくさんいますよ? そうですね……。例えば、“新人”とか。でも私が聖なる虹の橋を架けるものであり、首都の自警団であることやスヴェンニーであることも忘れないでくださいね?そして、もう一つ上げるなら、あなたの大好きな」
モットラは槍を持つ掌を額に当てた。そして
「共和国に繁殖あれ」
連盟政府では知る人がほとんどいない共和国の敬礼をしたのだ。それも人間の発音で。
俺が会った時から感じ続けていたモットラへの疑念が確信へと変わった。
「きさま、やはりモンタンか!」
「そんな名前の人は知りませんよ? 九芒星の金床のシンボルをカストに簡単に盗まれたり、重要な証拠である日記を子どもに持ち出されたりする間抜けそうな人なんてね」
「お前、まさか、わざと!? 銃が出てきたときに頭を下げろって言ったのは知っていたからだな!?」
「いちいちよく覚えていますね。さぁどちらですか? たった一人の赤子の未来と、たくさんの人の財産、権利、夢、希望」
「……クソ」
アンネリとオージーは何も言わない。何をしているのだ。もはや二人とも放心状態なんじゃないだろうな?
みっともないと分かっていながら、俺は地団太を踏んだ。ばしゃばしゃと泥と水を蹴り上げて絶叫した。
「クソ、クソ、クソが! お前は死んでも許さない!」
みんな、すまない。俺の答えは一つしかない。
「シーヴだ! いますぐにシーヴを返せ!」
俺の返事を聞いたモンタンはがっくりと肩を落とし、ため息を吐きながら首を左右に振った。
「あきれ返りましたね。戦争犯罪者さん。優しさとは違う、ただ甘いだけの賢者さん」とシーヴを投げて来た。すぐさま駆け寄り滑り込むようにして彼女をやさしく受け止めた。
腕の中でシーヴはまだ力強く泣いている。しかし、だいぶ濡れてしまっている。
俺は彼女を覆い雨から庇い、すぐに温めた。
どれほど殺してきたのかわからない手で、その血と脂にまみれた汚らしい手で、この罪のない双子に触れたのかと思うと今すぐにでも殺してやりたいほどの怒りを覚えた。ブルゼイ・ストリカザを利き手に持ち換えて血を拭うモンタンを見た。
「あれ? 人殺しに触られたくなかった、とでもお思いですか? 自分のことを棚に上げないでください。あなたがブルンベイクで連盟内を彷徨うエルフを殺したことを知らないとでも思っているのですか?」
俺は呼吸が止まるような気がした。思い出したくもないあの日だ。カルル・ベスパロワを救出するために確かにエルフを殺した。魔力が暴走したから仕方がない。自分の中でそう許し続けていた。
だが、実際に殺したことに変わりはない。共和国でエルフたちの暮らしを見てしまった今の俺にはさらに色鮮やかに、手に取る様に殺害の感触が蘇る。焼かれる苦痛に顔を押さえ走り回る姿、助けを求め伸ばされた手、もうもう呻き手足を縮めていく姿、はっきりと俺は人間と見た目の変わらないエルフを殺した、と。
力が抜けてしまいそうになった。俺もモンタンとは何も変わらないではないか。
抱きしめる資格はないことに飲み込まれながら、シーヴを落してしまえば危ないからという抱きしめる理由を求めていた。跪いたまま彼女に覆いかぶさり、少しでも濡れないようにしたのはせめてもの償いか。
モンタンはふふっと鼻を鳴らすと、背中を向けた。
「さてアホウドリのみなさん、私は任務を終えました。これで古典復興運動は治まるでしょう。当初の予定では子どもが一人犠牲になるはずでしたが、うまくいったので良しとしましょう。それではイスペイネの皆さん。私は何事も爆破する癖があるので気を付けて」
その直後、レトロスタナムの拠点内部から爆発音が聞こえ、裏手から黒い煙がもうもうと立ち込め始めた。すぐに施設内の機材に引火したのか、爆発はあっという間に大きくなり辺りの空気を震わせていく。
燃える薬品の鼻をもぎ取るような悪臭と頬を焼くような熱風に囲まれながら、炎の中へと消えて行くモンタンの後姿を目に焼き付けた。