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ウロボロスの王冠と翼 第六十五話

 神秘派は数が多く、武装勢力になるものとそうでないものがいた。内乱が起きた際に、武装勢力ではなかった神秘派の錬金術師たちは遠くへ逃げたのだ。彼らが逃げた場所は当時のイスペイネにあった王国だ。

 あまりにも昔の話過ぎていて誇張されているが、現在で錬金術を扱うのはシスネロス家であり、その当時にはもう存在していたので彼らを匿ったのは確かな話らしい。ほとんど難民状態の神秘派は再び追われることを恐れて、様々な技術をその王国に提供し保護をしてもらったそうだ。

 そのおかげでシスネロス家と仲の良いカルデロン家の海洋進出も大いに発展したそうだ。のちに連盟政府加盟時に五家族が合併したので錬金術師はイスペイネ自治領全域に散らばったそうだ。それ故今日の錬金術師たちとの絆があるのだ。


 一方、広啓派は内乱で勝利した。最初は少数派だったにもかかわらずなぜ勝利をすることができたのか。それは彼らの後ろにはトバイアス・ザカライア商会が付いていたからだ。商会が秘密裏に豊富な資金や物資の援助を行ったために勝利を収めることができた。

 しかし、それは世界を一新させるあの技術と引き換えだったというのは言うまでもない。神秘派によって失われたせいで広啓派はすぐさま見限られた。結果残ったのは内乱の傷だけだった。


 やがてスヴェリア地方一帯のスヴェンニー連邦国は連盟政府の中心となる国家に吸収されていった。戦いには勝ったがありとあらゆる技術をなくし、国を奪われ商会からも愛想をつかされた広啓派のせいでスヴェンニーたちはますます迫害を受けることになっていったそうだ。神秘派はうまく逃げ延びたものだ。


 当時のイスペイネ一帯はすでにカルデロン・デ・コメルティオの縄張りであり、トバイアス・ザカライア商会の入る余地はなかったから追い打ちをかけられることはなかったのだ。


「だが、そんなことはどうでもいい! いい! いいのだ! 真実ではない!」


 カミロは再び絶叫した。


「あの技術は失われてなんかいない!」


 抑え込む男達が力を込めている。だがそれにも構わず暴れ続けた。動くたびカリストの足に水しぶきが飛んでいく。


「神秘派は内乱の際に素晴らしいその技術の情報をすべて盗み出して焼き払った。だが、研究者が自らの成果を無くすわけがない! できるわけがない!」


 いきなりおとなしくなると、「お前らもそうだろう? 自らの研究を焼き払うなどできるか?」と首だけを動かしオージーとアンネリをニタリと見つめた。


「お前らなら、お前らならどうする? 徹夜した研究、成果の出ない日々、追われる資金面、苦労して集めたサンプル、そのすべてを乗り越えた情熱をぉ! ドブに! ドブになど捨てられるか!? 他の愚か者などに見つけられる訳のない、自分だけが導き出した信念の結晶をなぁ!」


 容態の落ち着いたオージーが担架の上で痛そうに上体を起こすと、


「最小限にとどめたものを誰も知らない、誰も覚えていないどこかに隠す……。世界から消し去りはしない。たとえ認められなくても」


 と雨の音にかき消されてしまいそうな声で囁いた。


「そうだ! その通りだ! かつて封印されたあの技術は時代に埋もれて、誰も覚えていないそれは手つかずの秘密のままだったのだ!」


 カミロは瞳孔が開ききっている。そしてまるで王の財宝でも見つけた冒険者の喜びのように灰色の天を見上げた。


「だが! だが古い文献は示した! 私を高みへと導いた!」


 ゆっくりとモットラの方を見つめた。


「それだよ」


 そして、彼の背中に背負われた血しぶきを浴びてもなお不気味に光るブルゼイ・ストリカザを睨みつけた。


 槍は雨を受け、ぽたぽたと血を滴らせている。


「その槍こそ、それなんだよ!」


 雨水を口にためながらも笑い声をあげ、訴えはとどまることがない。無様だが異様なその光景にカリストさえも口をつぐんでいる。


「ブルゼイ・ストリカザだ! 我々はその真理にたどり着いたのだ! その槍の持つ大いなる可能性にな!」


 興奮して息が上がってもなお饒舌なカミロはさらに続けた。雨の中に白い息を上げている。


「双子を抱えた奴らが運よく槍まで持っていた。双子を餌に槍ごとおびき寄せられると思った。それはある男に頼まれたんだ。手に入れて解析しろとな。おそらく偽名だがメンデルスンと言った。驚くなよ? そいつはきょ」



パン



 軽い音が辺りに響き渡ると目の前で赤いものがはじけ、俺たちを見つめていた目はエビのように飛び出し、赤とピンクの何かが辺り一面に散らばった。そして熱を帯びて話していた男は首をくたりとまげて倒れ込み、一帯にできた血肉だまりに静かに沈んでいった。

 破裂音は沈黙をもたらし、熱を冷ます雨の音で辺りを包み込んだ。


 学生の頃、解剖をやっていてよかった。僅かな沈黙のうちに俺はそう思った。


 カミロは頭を撃ち抜かれたのだ。


 無限とも思える一瞬に、薄ら笑いを浮かべたままの顔の窪みに雨水がたまっていく。


「モットラ! キサマ何やってんだよ!?」


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