ウロボロスの王冠と翼 第六十三話
魔力雷管式銃は威力が銃の中では最大だ。分厚いテーブルも次々と撃たれては突破されてしまいそうだ。
俺は移動魔法を唱えようとした。ここは一度逃げるしかない。しかし、アンネリが袖をつかみ、首を左右に振った。
「やめて! ここで逃げたらシーヴの方に向かっちゃう!」
「オージーは回復魔法でどうにかできるが、この場はどうすればいい?」
アンネリは下を向いて黙った。何か考えるように眼を泳がせた後ガバリと顔を上げて、
「あ、あたしがおとりになる!」といってアンヤから毛布を取り始め、代わりに近くに落ちていた本をくるくると包み始めた。
「赤ん坊を持っているふりをすれば注意がそちらに向くはずよ」
しかし、オージーが痛みに耐えながらアンネリの腕を力なく掴んだ。
「ダメだ、アナ。君がおとりなんて」
「あんたも動けないじゃない! でもイズミは、イズミは強いから、一緒に行けばオージーもアンヤもシーヴも……」と目に涙を浮かべ始めた。
死ぬつもりでこの状況を打破しようとしているようだ。俺の頭に一瞬で血が上った。
「ふざけんなよ!」
気が付けば俺はアンネリに怒鳴っていた。
「あたしがいなくなっても、とか言うんじゃねぇだろうな!? そんなのは死んでも許さないからな!」
怒鳴られたことに驚いて黙ったアンネリをさらに強く見つめ続けた。
「自分に酔うな! 状況に飲まれるな! そんな自己満足は俺が許さねぇからな! あんたはガンマンでも英雄でもない! ここで死んでも誰も讃えない! それどころか、オージーとアンヤとシーヴは死ぬまでそれを背負うんだぞ!」
「でも!」
「黙れ黙れ黙れ! アンネリが死んだらここまで来た意味がない! 俺がしてきたことを無駄にしようとすんな!」
俺が言いきると、涙目のアンネリは口を開けて止まってしまった。
「とにかく、それは許さない。やろうというなら強制的に……」ふと自分の言葉で唐突に冷静さを取り戻した。
「そうだ! それがいい!」
俺はアンネリの毛布と本を奪い取った。冷静になっていなかったのは俺だ。
「毛布と本を貸せ。アンネリとアンヤをカルデロンの別宅に移動させる。俺たちが残って時間稼ぎすればいいんだ!」
そしてアンヤをアンネリの腕の中にしっかり抱かせると移動魔法を唱え始めた。そして一人が通れるほどのポータルを開きカルデロンの別宅のダイニングへとつなぐと、ちょうど傍にいたティルナとヤシマが目を丸くしていた。彼らはこれから向かおうとしていたのか、準備の途中だったようだ。
「お前ら、頼むぞ」とそこへ有無を言わさず戸惑うアンネリとアンヤを放り込んだ。
ヤシマが驚いた表情で手を伸ばしてきたが、「怪我してるがオージーはまだ預かるぞ! 必ず戻る!」と言って親指を立ててポータルを閉じた。
「さぁて、オージーさん。どうする?威力の高い銃、しかも相手は錬金術師、おちおち魔法も使えない。参ったな。降参でもするか?」とオージーの横に並び杖を構えた。
「アンヤのいないボクらはすぐに殺されてしまうよ。それより足を何とかしてくれないか……? 痛い……」
引きつったように笑っているが額は汗まみれだ。だいぶ辛そうだ。
「回復魔法は時間がかかる。あとはモットラのために時間稼ぎだ。ちっと我慢しろ」
「あいつは信用していいのかい?」
「わかんねーが、今は賭けるしかない」と言うと、オージーは「君らしいな」へへへっと笑った。
しばらくすると、無駄に打ち続けられていた銃弾が止んだ。どうやら移動魔法で一人逃げたのがバレてしまったようだ。
「一人逃げたな? 余計なことをするんじゃないぞ? 本当に殺してしまう。ためらいができない」
「悪いな! 戦意のない負傷者を外に出した!」
見えるはずもないが、机越しにカミロの方を向き問いかけに応えた。
「赤子はいるな? 三秒間撃たないから見せてみろ」
机の影から本の入った毛布を中身が見えないように掲げた。
「中身を見せろ。すり替えてたらその場で撃ち殺す。さあ立ち上がってその毛布を取れ。3……2……」
オージーはピクリと動いたが、「俺が」とさっと立ち上がり、カミロを睨め付けた。
不敵に笑うカミロは、年季の入った黒い杖とギラギラ黒光る銃口をまっすぐこちらに向けている。おかしい。杖持ちが使うと銃は壊れるはずではないのか。弾の威力からすればカミロの言った通り魔力雷管式銃だ。わずかに行けるのではないかと思ったが、カミロはそれを何発も打っている。銃が壊れる可能性はこの際は無視だ。
「いいだろう。ゆっくり毛布を開けて見せろ」
どうしよう。まずいぞ。
見せた瞬間、防御魔法は間に合わない。かと言ってめくる前に掛ければ悟られる。オージーも動けそうにない。
俺は毛布の淵を持ち上げると手が震えだしてしまった。カミロは「早く見せろ」と右手の拳銃を動かして催促している。
一か八か、めくって見せつけてやる。中にアンヤがいるふりをして投げつけるように見せれば隙ができるはずだ。
俺は毛布を勢いよくめくり、中身をカミロに見せつけた。
「残念、もういない」
毛布の中から現れた四冊の分厚い本をどさどさと床に落とした。
カミロは怒りを顔に上らせる前に震えだし顎を高く上げた。そして、
「キサマーァ! 何してくれてるんだ!」
と銃を握った。俺は恐怖のあまり目をつぶってしまった。
しかし、その時笛の音が聞こえたのだ。
「突撃!」