表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

266/1860

ウロボロスの王冠と翼 第六十二話

「彼女たちは必要なのだよ。私のために」


 机に隠れる俺たちの様子を窺いながら左右に歩いているのか、木の床の軋む音がする。それに混じって割れたガラスか何かを踏みしめる音もする。言葉に反応する様にオージーが声を上げた。


「カミロさん、あなたの目的は何ですか!?」


 足音がピタリとやんだ。足で何かを蹴り金属を転がすような音が聞こえる。


「復讐だよ」


「誰へのですか!? 虚しくないのですか?」


「虚しさなどあるものか。実験の最中に怪我をした私を見捨てたイスペイネにだよ。その実験がうまくいけば、イスペイネ、いや連盟政府全土に名が知れ渡っただろう。しかし、バスコは怪我を理由に私を追い出した! 名誉を独り占めするためにな! だが、私は生き延びた! 復讐するのは運命なのだ!」


 カミロは自らの言葉に酔っているかのようにヒステリックに声を荒げている。


「古典復興運動を激化させた私が有名になれば、その張本人がイスペイネ自治領の支配貴族の家系の一人であることが公になる。そうすれば連盟政府も黙ってはいない。内乱罪で五家族を糾弾し、自治領からの権限の一切を奪うだろう。そのとき私はどうしたいか。

 それからどうしたいか。知ったことではない。くだらない支配がしたいわけでもない。ただ、それさえできればいいのだ。崩れてさえしまえばそれで満足なのだ」


 捨てられたことへの恨みの強さゆえに憎いはずの自らの姓を名乗ってまで潰そうというのか。名誉もないさまは醜さ通り過ぎてすがすがしさを覚える。俺は奥歯を噛み締めた。瘢痕だらけの名誉まで腐ってしまったその男は止まらず続けた。


「だが、そうするには活動の幅を広げる必要があったのだよ。ただの錬金術研究所なだけでは有名にはなれまい」


 と言うと机を撃った。角から木くずが飛び散ると金属の落ちる音がした。薬莢だろう。


「北で見つかった文献を読み漁れば出てくる神秘派と広啓派のいくつもの家族たち。その中に君の名前、ヒューリライネンを見つけてね。思い出したのだよ。君を。そしていつもそばにいた女がハルストロムだったということもね。反目しあっていた一族の末裔にもかかわらず、なぜいつも一緒にいたのか、思い出しては不思議に感じていたものだ」


 カシャ、カシャと二回音がすると何か大きな塊を地面に落とした。


「何を思ったか、私は部下に君たちを調べさせた。その結果、何と驚いたことに敵対しあう家の者同士が夫婦となり、さらには双子まで生んでいた」


 直後にガシャンと音がした。クソ、恐らくマガジンを交換したのだ。気づいていれば隙を付けたのだが。長々話をしているが、俺は切り抜けることしか考えてないから半分も聞いてない。良くしゃべるおっさんだ。


「それぞれが直系の子孫を代表にすることで活動の幅が広がると考えたのだ。そうすればスヴェンニーの立場も改善できるだろう? これを逃してはならない。天が私に与えたチャンスだと、そう確信したのだ」


 足元に落ちた薬莢を再び蹴り避けている音がする。随分余裕を見せているようだ。


 もし、天が彼を導いたならぜひ女神に尋ねてみたいものだ。どうせ「さぁ? 巡り合わせでしょ。何でもかんでも人のせいにしないで」としか言わないだろう。天は存在していてもチャンスなど与えない。自ら作りだしたもの以外はチャンスとは言わない。


 それにカミロの思考は単純だ。あまりにも中身がなさすぎる理由で双子を誘拐したのか。スヴェンニー迫害はついででしかなく、カミロ自身が有名になるため。そして自らを捨てた家族へ反旗を翻してイスペイネに復讐するため。家族に見捨てられたのは悲しいとは思う。家族のきずなを信じるイスペイネの一族だからひとしおに堪えただろう。


 だが、くだらない。


 その程度の、たかだかそんな程度の復讐で、アンヤとシーヴを誘拐して、オージーとアンネリを疲弊させたのか。


 俺はそのときはたと理解した。よく言われる、復讐は虚しいだけだ、と言うのは間違いだということに。


 復讐は虚しいんじゃない。他人からすればただくだらないだけなのだ。家族を殺されても前を向く、帝政再起に燃えていたメレデントの方がまだ素晴らしく感じてしまうほどだ。あまりの哀れさにめまいが起きそうだ。


「諦めて早く出てきたまえ」


 今度は近くの壁を撃ち抜いた。出来上がった小さな弾痕は細く揺らめく煙を上げている。


「私は以前の事故で頭を強打してね。前と横の一部が吹き飛んでしまったのだよ」


 机の角を撃ち抜いた。伝わる振動は響くように大きい。


「それ以来、人は人だと分かるのだが、人だとも思えない」


 再び壁を撃った。先ほどの弾痕の真下。


「これは魔力雷管式銃というらしい。とある人が私に託してくれてね」


 そして再び机の角を撃った。背中を衝撃が伝う。まるで狙いに狂いがないことを見せつけているようだ。


「先ほどの銃と違って、壊れないようだ」


 静まり返ると、大きく息を吸い込んだ。


「私は待てないんだよ! 早くしろ!」と声を荒げて連射を始めた。机以外にも滅茶苦茶に撃ちまくっているようだ。


「頭を下げろ! 低く! 姿勢を低く!」


 サンルーフに弾が命中しガラスが割れた。俺たちめがけて大小さまざまなガラスの破片が降り注いでくる。


 しかし、頭を押さえようとしたその時、突然オージーが悲鳴を上げた。

 彼の方を見ると太ももから出血していた。撃たれてしまったようだ。しかし、物陰にいたはずだ。

ふと天井を見上げるとサンルーフの窓枠がへこんでいる。


 跳弾が当たってしまったようだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ