ウロボロスの王冠と翼 第六十一話
カミロの部屋のドアを蹴破ると、そこに彼の姿はもうなかった。騒ぎに気付いてどこかへ隠れたのだろう。
ならば、と俺たちは本棚と言う本棚を倒し、作業机を動かした。本棚が倒れるとバサバサと本が落ちていき、ドスンドスンと地を揺らして埃が飛び立つ。唯一窓を遮っていなかった本棚を思い切り倒すと埃の煙の中に木製のドアが出てきた。これが隠しトビラのようだ。
「ホントにあったのか」と先輩さんが腰を抜かしているのをしり目に俺たちはそのドアをまたしても蹴破った。先輩さんはこれ以上当てにはできなさそうだ。俺は拘束を解いてその場に置いていくことにした。
ドアの先には短い廊下があり、その先は光にあふれている。急いで廊下を抜け広い部屋に出ると急な眩しさに目がくらむ。痛む視界の先には何人かの女中さんがいて、俺たちの侵入に気が付くと悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らして逃げ出した。
そこはこれまでの研究所の無機質な雰囲気とはうって変わり窓は大きく開かれ、外の光りが入ってきている。色とりどりの花がたくさん飾られて、古くなったものは一本もない。暖かい湯気の匂いが鼻の奥を湿らせる。
まるで貴族階級が使うような、とても大きな子ども部屋だ。雨に打たれ水玉模様のサンルーフからは雨雲のわずかな切れ間の光が漏れ込んでいる。その光が差し込んでいるところの真ん中に分厚いテーブルがあり、上には揺りかごが置かれていた。そこから小さな子どもが差し込む光に伸ばしている手が見え、笑っているのかキャッキャと無邪気な声がする。
耳に染み付いた我が子の笑い声に導かれるようにオージーとアンネリは駆け寄り中を覗き込んだ。そこに子どもがいるのは間違いない。
しかし、我が子と再会したはずのアンネリは膝から崩れてしまった。
「一人しか……いない。シーヴが……」
俺も慌てて駆け寄った。確かに揺りかごの中で笑っている女の子は一人だった。その横は皺の寄った毛布だけがある。やはり嫌な予感が当たった。神秘派と広啓派、二つの派閥に二人の子ども、分け合うという可能性は大いにあった。一足遅かったようだ。俺はこぶしを握り締め、太ももを殴った。
オージーは目の前にいるアンヤをやさしく抱き上げた。そこへモットラが来るとシーヴがいたであろう場所の毛布に手の甲を押し付け、目を見開いていた。
「まだかなり温かい。誰かが持ち出したに違いない。まだ間に合う! アンネリさん、槍を貸してください! 私が追います!」
とへたり込み目を潤ませるアンネリの方へ振り向いた。俺はふと女中さんたちが逃げて行った出口を見ると、先輩さんの姿が見えた。その後ろ姿は何かを抱きかかえているように見える。
まさか!
アンネリは震える手で槍をモットラに渡した。
「おそらくあの先輩だ! 今何か持って逃げ」
モットラは槍を手にした瞬間「失礼!」と言いながら俺に向かって大きく振りかざした。顔の真横に来ると同時に火花が真横で散り、強烈なこすれ合う金属音が耳を裂いた。さらに止まらずにモットラは俺の襟を引っ張ると床になぎ倒した。そして揺りかごの載っていたテーブルを思い切り倒し45度ほどに傾け、「お二人も!」とテーブルの影に押し込んだ。
僅かな間の出来事だったが、モットラは俺の頭に向かって飛んできた銃弾を槍で受け流し、分厚いテーブルを盾にしたのだ。俺は机の陰に入ってからそれを理解した。
「いきなりすいません。今じゅうだ……硬いものが飛んできました」
するとまたしてもテーブルに何か硬いものが当たり一斉に身をかがめた。衝撃が机越しに伝わると木くずが飛び散った。それを見たモットラは渋い顔になった。
「あれは厄介です。テーブルも長くは持ちません」
「なぁモットラ、シーヴを、もう一人は何とかできないか?あんた、結構デキるんだろ?」
これまでの一連の動作は見事過ぎて、素人には不可能だ。モットラは相当な手練れであることは間違いない。
「構いませんが、ここは大丈夫なんですか?」
「言いたかないが、あれに俺はある程度詳しい! 何とかできるはずだ!」若干のハッタリもあるが。
「そうですか。では槍を引き続きお借りします。これは知っての通り頑丈なので、ここから切り抜けてもう一人を追います」と言うとモットラは机の影から本を投げて注意を引いた後、出口へと走り出した。彼めがけて何発もの銃弾が飛び交っていったが、器用に槍を使い弾き外へと駆け出していった。
モットラの姿が見えなくなると銃撃が止み、「一人、逃げたな」と先ほど聞いたコンクリに金属を引きずるような声が聞こえてきた。
「なぁ、オージー。まだ若いんだから子どもくらいもう一度作れるだろう?双子を諦めるだけでスヴェンニーが救済されるかもしれないんだぞ?」
みんなが、を主語にする奴はだいたいロクな奴じゃない。世迷いごとを抜かすクソッたれガンマンはどうやらカミロのようだ。