ウロボロスの王冠と翼 第六十話
「おおおい!君ら何したんだ!? いきなり取り押さえろとか言われたぞ!?」
「双子はどこだ!?」
俺は先輩さんをずるずると引きずりながら尋ねた。あわあわと首だけをこちらに向けている。
「フタゴだぁ!? 知らん! 双子って何だ!? 双生児か?」
ちらりと窺うと困惑したような表情を見せている。どうやら所属している組織が双子を誘拐していることを知らない様子だ。
「じゃあ怪しい部屋を教えろ!」
「わかった! わかったから放してくれ! せめて普通に歩かせてくれ! 苦しい!」
あまり強く引きずりすぎたせいで服が乱れて首が閉まってしまったようだ。一度襟から手を放して、逃げ出さないように光のロープで右腕を縛った。
「やれやれ、逃げないって」
先輩さんは腕についた輪っかをしかめ面で見て、掌を開いたり閉じたりしている。きつく縛ったつもりはないが、気になるのかその感触を確かめているようだ。
「事情はよくわからないが、ここで君たちに反抗してもどうしようもない。噂でしかないが、所長の部屋からしか入れないところがあるらしい。もういいか?」
それを聞くと四人で顔を合わせて頷いた。そして再び走り出し所長の部屋を目指した。
走り出すと光のロープがビンと延びて先輩さんはバランスを崩した。「えっ! 僕も行くの!?」と裏返った声を上げている。一番後ろでひぃひぃ言いながら追いかけてくる彼に構わず、立ち止まることなく進み続けながら俺は前を走る三人に尋ねた。
「おい、さっき槍なんか投げて大丈夫だったのか? 囲んでる中にスヴェンニーがいたら取られてたぞ!?」
「イズミ君、それはない」オージーが走りながら横目で俺を見た。「前にも言ったが、ボクたちはスタナムとは言わない。スヴェニウムと言うんだ」
その横に並ぶモットラがさらに付け加えた。「スタナムなんて言う一族を侮辱するような名前の付いた組織に参加することは誇りにかけてありえないです。事実あの中にスヴェンニーはいなかった」
「そうなの。あたしもすぐに気が付いたけど、ああいう使い方するとは思わなかったわ。切り抜けられたからイイケド」とアンネリはモットラから返ってきた槍を見ている。
仲間意識と誇り高い人たちだ。頼もしいが少し怖い。
真っすぐな廊下を走り続け最初の角を曲がった。すると前方に集団が二列に構えていた。一列目は座り、後ろの二列目は立っている。彼らが待ち受けているのは容易に想像ができた。武器だろうか、筒状の何かを構えている。しかし様子がおかしい。構えたまま動かないのだ。さらに近づき見えてきたそれは思いもよらない物を持っていた。
なんと構えている物は銃だったのだ。
あれは、魔法射出式銃!? なぜここにある!? どういうことだ。
銃が構えられていることに気が付いた俺は混乱して、思わず足を止めそうになってしまった。弾倉の小さいアサルトライフルのようなやや大きい筒状のそれは、まぎれもなく魔法射出式銃だ。俺はギンスブルグ家の女中部隊が持っていたのを毎日見ていたから見間違えるはずがない。
ユリナか!? マゼルソンか!? 誰が手配したんだ!? まさかメレデントか!?
いずれにせよこれには共和国が関与している!
だからといってここで止まる必要はない。撃たれるギリギリまで近づいて、俺が一斉に銃に魔力を送れば壊れる。それが一丁いくらするかなど知ったことではない。立ちはだかるなら壊してしまえ!
俺は足を強く踏み込みさらに前に出した。無意識に足にかけていた強化魔法で力んだ足は床にひびを走らせる。すると隊列のリーダー格の男が「お前ら! とまれ! この最新式の兵器でお前らを攻撃するぞ!」と大声で警告をしてきた。
それにモットラたちは足を少し遅くさせた。そして
「みなさん、一度伏せてください! 相手は素人です! 頭を低くしていれば当たりません!」
と声を上げた。
それは一目見ればわかる。銃の持ち方がバラバラなのだ。中には撃てば自分が怪我をしてしまうような持ち方をしている奴もいる。それにジューリアさんやウィンストン、そして女中部隊とは目が違う。どれだけ笑おうが同胞殺しの影がある彼女たちとは決定的な違いがある。
この目の前で立ちはだかる銃口の先にある視線は健康的過ぎるのだ。人を殺す訓練をされていない。まだ無垢な瞳だ。
それらは俺たちが近づくにつれて瞬きを増やし、瞳孔が定まらなくなり恐怖に支配されていくのが見える。距離が近づき、自らの手の中にあるそれを撃てば誰に当たるのかがはっきりしていくにつれて明確に相手を撃たなければいけないという生存本能が大きくなり、そしてまた別の他人を傷つけたくないという本能も大きくなっている。
だが、それよりもだ。
俺はあることに気が付いた。引き金を弾く否かよりも基本的なことだ。
「おい、モットラ、あいつら全員錬金術師か?」
「背中に杖を背負っています。恐らく全員そうでしょう」
「じゃあ気にするな。突っ込め!」
「何言ってるんですか!? 危ないですよ!? 今私たちには簡単な防御魔法しかかかっていません!」
視界の隅にモットラの怪訝な顔が見える。
こいつらの持っている銃は―――何度も言うが魔法射出式銃だ。俺は共和国内で嫌と言うほど毎日それを見て来た。魔法使いにしろ錬金術師にしろ、魔力を帯びた人間が近づけば内部の魔石が過剰動作を起こして銃自体が使い物にならなくなるのだ。目の前でそれを見た俺には確信がある!
こいつらは運がいい。誰も撃たなくて済むのだ。
「先に行くからな!」と警戒するモットラより俺は前に出て突っ込んでいった。
こちらも弱腰になってはいけない。そしてさらに相手を威嚇することが大事だ。杖の先の金属を変化させ、刃渡りが大きい剣を持っているかのようにぎらつかせて、足音をドスンドスンと鳴らし鬨を上げながら突進した。
すると、右端にいた一人が恐怖に支配されつくしてしまったのか、ガタガタと震えだし引き金を握った。目は閉じられて手元は狂い、銃口は天井の方を向いていた。しかし、魔法は発射されることはなく、虚しい金属音がカチンとなった。
思った通りだ。「魔法は撃てない! 俺に続け!」と力の限り、怒鳴った。
発射されないのがわかると構えていた他の人間も銃を放り出して逃げ出し始めた。リーダー格の男が「コラ! お前ら!」と逃げ出そうとした一人を掴んで叱責したが、鬨を上げて接近する俺たちに腰を抜かしてしまった。
その集団に飛び込むと「わりぃな!」と何人かを杖の切れない刃で殴って気絶させ、開いた隙間に俺たちはなだれ込んだ。