ウロボロスの王冠と翼 第五十九話
「我々は古典派錬金術師、その中でもさらに誇り高き神秘派の者だ。我々の計画を邪魔するものは排除させてもらう」
「あなた方は神秘派と今おっしゃいましたね? それはスヴェンニーの錬金術師たちのことですか?」とモットラが前に出て先頭で立ちはだかる男にそう尋ねた。
「そうだ。見たところ、お前たちの中にはスヴェンニーが何人かいるように見える。我々は偉大なる錬金術の使い手であった彼らに敬意を表し、その復権と再興を目指している。我々の望みは融和だ。争いは避けたい」
オージーとアンネリが口角を不快そうにゆがめている。口を開けば融和と言う連中から、この二人はどれだけの迫害を受けたのだろうか。こういうときにだけ都合よく持ち上げるのが気に入らないのだろう。そしてその偉大なるスヴェンニーにまさに杖を突き付けているのはどういうつもりだろうか。彼らの言うそれは融和ではなく服従なのだ。
しかし、突然、モットラは腰のレイピアを外し地面に投げ捨て、そして跪いた。
「私はあなたがた、レトロスタナムの意思に従います」
「おい! どういうことだ!?」と焦ってモットラに問いただしたが、無視をされた。
「あなたがたは我々スヴェンニーの復権のために動いてくれている。それならば私はそちらにつくしかないようだ」
「賢明な判断だな。多勢に無勢だ。そこの二人のスヴェンニーはどうする? まだ間に合うぞ?」
モットラはゆっくりと立ち上がると俺たちの方へと振り向いた。
そして、「オージーさん、アンネリさん、あなた方も」とウィンクした。
私を信じろ、と。どうやら何か考えているようだ。それから俺たちに背中を向けて離れていき、包囲集団に混じりそこの一員のようにこちらを向いた。
「お断りよ」とアンネリが腰に手を当て強く言い放つと、彼はやれやれというような顔になった。
返答を聞いた男は「残念だ。武器を奪え!」と包囲している研究員に指示をした。だが「待ってください」とモットラが声を上げて、そして「同胞へのせめてもの礼儀があります。私に回収させてください」と言った。不承不承ながらも男はそれを了承し、右手を上げて迫る集団を制止した。
「心遣いに感謝いたします。さぁ、武器を渡してもらおうか。まずはその危ない槍からだ」
アンネリはチッと舌打ちをした後、「あんたには誇りがないのかしら。近づかないでよ。気持ち悪い。投げ渡すからね。ちゃんと受け取りなさいよ?」
モットラはやれやれと掌を上に向けると「乱暴なお嬢さんだ」とぼやき、敵の密集したところへと警戒しながらそろそろと移動した。そして右手を差し出してひらひらと動かして催促をしている。
「私に向かって投げ渡せ。おっと真っすぐ切っ先を向けるなよ? きちんと受け取れるように、だ」
そして、アンネリがふんと鼻を鳴らすと乱暴に槍を投げた。大きく弧を描き、まるでプロペラのように風を切る音を鳴らすそれをモットラは受け取ろうと手を上げている。そして彼の頭上に来た。
その瞬間、足を大きく開き股割りのようにモットラは屈んだ。彼の頭上を通り過ぎ、背後で密集していた敵の真ん中にブルゼイ・ストリカザが突っ込んでいく。突然の動きに慌て、モットラの背後で密集していた敵たちはブルゼイ・ストリカザを手で支えようとした。
しかし、スヴェンニー以外には重いそれを誰一人持ち上げることができず一斉に倒れた。それに巻き込まれる形で他の者たちも将棋倒しになっていく。
モットラの先ほどのウィンクはこういうことだったのか。オージーとアンネリはモットラが俺たちに背を向けた瞬間からこの作戦を理解していたようだ。
なぎ倒された者たちが雨の中で泥しぶきを上げる中、モットラは素早い身のこなしで起き上がり槍をつかみ上げた。そして振るわれる槍は落ちる雨粒を裂き、敵を次々なぎ倒していく。だが手加減しているのか、切っ先で切りつけるようなことはしていない。
それと同時にオージーとアンネリは俺たち全員に防御魔法をかけた。槍の落下と追撃を逃れた研究員が錬金術を駆使した空気を震わせるソニックブームのような攻撃を仕掛けてきたが、かつてその戦い方を考案した人の弟子である二人は簡単にはじき返した。モットラが目にもとまらぬすばやさで動くと、こっちだ! と叫んだ。そちらを見ると先ほどのドアを開けて俺たちを手招きしている。
「ここに、この施設のどこかに双子がいる!」
誰かに道案内をさせようとしたが、辺りにいた研究員はほとんど気を失っていた。そこで俺たちの後ろに隠れていた先輩さんの襟を掴み奥へと連行した。
序列だとか責任だとか、考慮すべき点はあったはずだが、俺は何もできなかったうえに勢いに流されてしまった。
それにオージー、アンネリさまさまではないか! 来ないでくれとドヤっておいてみっともない!
ええい、もうどうにでもなってしまえ!