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ウロボロスの王冠と翼 第五十六話

 しばらくすると見張りは戻ってきて、オージーとアンネリの肩を嬉しそうに叩き、俺とモットラを含めた全員が入ることの許可が出たと伝えてきた。

 施設内の案内はその男、二人の先輩さんに任せられたようで、見張りの交代が来ると門を開けて一緒に中へと入り、行動を共にすることになった。


 まずレトロスタナムの所長に会わせるそうだ。ここの所長は滅多に外にも出ないし、人にも会わないそうだ。所内にいることにはずっといるらしいのだが、姿を見せないと気配を感じないらしい。だが、それでも研究はしているそうだ。ある日突然所内のミーティングに現れて成果を発表することもあるらしい。


「所長が人に会うなんて君たちは運がいいな。失礼が無いようにな。錬金術師なんてのは誰でもそうだが、所長は特に変人だからな」


「先輩、ご迷惑ばかりかけて申し訳ないです」


「はっはっは、気にするな。ところでエイプルトンの錬金術科の……」


と雨の降る敷地内を歩きながら、二人と男は楽しそうに昔話をしている。お世話になった先生の話や学生の間で流行ったものの話だろう。時々驚いたようになる上機嫌な男に連れられていくと豪華な屋敷のドアを通り過ぎていき、窓のない建物の方へと向って行った。


 そこへ通じる道らしいものは整備されていないが、獣道のように芝生や苔が一筋に無くなっていた。露わになった砂地に雨が溜まり、真っ黒な泥だまりには誰かの新しい足跡がいくつかできている。

 水たまりの深みに嵌らないようにさらに進むと次第に木々が生い茂り始めた。シダに降る雨粒の弾けるような音がする中を抜けると、やがて均一な石を重ねて作った建物、まるでコンクリート打ち放しのようにも見える無機質な建物が見えてきた。

 その表面は、長い年月を雨風に削られ粗くなり、何度も打ち付けては流れていった雨水の流れた跡が黒くなっている。黒く汚れた灰色の壁沿いにしばらく歩くと、連盟政府では珍しい金属製のドアが一つだけあった。それは研究所の方のさびれた入り口のようだ。丸まったシダのたくさんの葉先で覆い隠しているのは、ラド・デル・マルの美しい街の景観を破壊しないためだろう。


 案内をしていた男、先輩さんがドアノブを回して開けると、見た目とは裏腹にスムーズに開いた。錆びた鉄の赤い涙を流していたが、人が使う機会が多いためか油は差してあるようだ。通された建物の中は、どこかの廊下の途中のようで左右には遠くの方に突き当りが見える。

 ドアが閉まると外の雨音は完全に聞こえなくなった。窓のない廊下は照明が点いていて暗くはないが、外が見えず昼の明るさが全く感じられず時間の感覚が遮断される。雨の日の地下室のカビ臭さが満ちる廊下の、いくつかの角を曲がり突き当りまで歩くと、そこにある木製のドアの前で立ち止まった。ここがどうやら所長の部屋のようだ。


 ノックをした後あけられたドアの向こう側はバスコの研究所と同じように暗い。イスペイネの研究者はじめじめとした暗いところで研究をするのが好きなのだろうか。外の光りを拒絶するかのように窓を覆い隠す本棚が置かれ、わずかに漏れた外の光りが埃の筋を作っている。

 部屋の中央の作業机には様々なガラス器具が並び、その横には古い書物がいくつも開かれている。どれだけの長い年月を過ごしてきたのか、どれも縁から中心部までぼろぼろになり黄色くなっている。

 ただでさえ暗い部屋の中のさらに奥には、一筋の光りさえも当たらないところがあり、その暗黒は音や空気を吸いこみどこまでも奥行きがある様に見えた。

 そして、その暗がりの中に何かの気配を感じた瞬間、床がきしむ音が聞こえた。誰もいないと思っていたそこには人がいたのだ。次第に足音が近づいてくると人影が見えた。だが僅かに姿が見えるほどの闇の中で立ち止まり右手を上げて合図をすると、案内をしていた先輩さんは部屋を出て行った。ドアが閉まると「よく来たな」とコンクリートに金属を引きずったときのような、ガラガラに擦れた声がした。


 そこから一歩近づいたとき、男の顔が外からの光りにわずかに当たった。そこで見えた男の顔は傷だらけだった。


「オージー、久しぶりだな」


 一歩ずつ近づいてくる男は、ずっと昔から知っていたかのように突然オージーの名前を呼んだのだ。それにオージーは強張った足を無理やり動かしたかの様に揺れながら一歩下がった。そして疑わしいものを見るようにその男を見つめている。すぐに何かに気が付いたのか、みるみるうちに目が丸くなっていった。


「あなたは、カミロさん!?」


「オージー、どういうことだ?」


「彼はかつて実験を一緒に行っていた元先輩だ。バスコさんの甥にあたる錬金術師、カミロ・シスネロスだ!」

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