シバサキの追憶 前編
就職氷河期と言われた時代の中で、僕は就職活動をしていた。
いい大学に入らなくても大学時代の成績や素行で評価され、一流企業に入れると聞いていた。頭は悪くないので大学に入っても楽勝だった。成績はそこまでよくないが、素行での評価は間違いなく誰よりもいいものを得られる自信があった。本気を出していないだけ。本気を出させない大学が悪いのだ。こんな三流大学で目立っても意味がない。
一年の秋ごろのことだ。そんなくだらないところなんてさっさとやめてしまい、僕の有り余る能力を使う時間をもっと増やしたいと思った。友人はいたが国益が国力が、と偏ったことしか言わなかったので相談相手には値せず、学生生活をサポートする人たちも僕のことを理解するには到底及ばないと考えて両親に相談することにした。しかし、両親は大学中退を頑なに許さなかった。僕のことを全く理解していないことはショックだったが、親なので泣かせるわけにはいかないので大学で四年間を無駄にすることにした。
惰性の日々を過ごしていたあるとき、ボランティアというものをすれば学外での行動として評価されるということを知った。それからと言うものの、僕はボランティアにいそしんだ。川のゴミ拾い、農作業の手伝い、ライブのスタッフなどなどいろいろなことを経験した。これは間違いなく将来の糧になるに違いないと確信した。
しかし、就職活動は残酷だった。
100社受けて、その全部落ちたのだ。なぜ僕のような人材を採用しないのか。大企業がそのような状態では未来が思いやられる。結局どこにも内定も取れず卒業を迎えた。意味がないので卒業式にも出なかった。
生きていくにはお金が必要なのでコンビニでバイトをすることにした。意味のない日々、クリエイティブではないことを延々とやり続ける毎日。僕の才能はここで朽ちていくのかと絶望に打ちひしがれた。
しかし、未来への大いなる可能性が見えた瞬間が来た。半年くらい経ってバイト先に同い年の女性が入ってきたのだ。シフトの時間も重なることが多く、一緒に過ごす時間が長くなっていった。これはきっと僕のことが好きであえてシフトを合わせているに違いない。クリスマスの予定は開けておこう、と二カ月も前からシフトをあけておいた。
12月に入って早々に、彼女が突然僕を裏に呼び出したのだ。いよいよ告白されるのか。クリスマスに僕から伝えようとしていたのに、何を焦っているのだろう。でもここで断る理由などない。期待に胸を膨らませて彼女の言葉を待った。
「柴崎さん、クリスマスのシフト代わってくれませんか?」
最初は何を言っているのか理解できなかった。この子のために開けておいたのに、なぜこの子とシフトを交換するのだろうか。
理由を聞くと驚愕した。彼氏とデートするらしいのだ。どうやら僕は親しく話しかけやすいうえに、クリスマスの予定を開けていたからだ。全身の力が抜けた。ダメなどと言える状態ではなく彼女の願いを了承した。
その後はバイトを休むようにして就職活動を再開した。所詮はバイト。やめることを伝えても意味がないので連絡をせずやめた。きっと僕がいきなりいなくなって右往左往しているに違いない。
その後、懸命な就職活動の甲斐あって両親の縁で中小企業に就職することができた。家族経営で外部の人間は僕だけだった。それからというもの、雇ってもらえたことに感謝するべく毎日残業をした。タイムカードを切るのは九時五時。
仕事自体は五時からが本番だ。気合を入れるためにタバコを吸い、少し値段は張るが集中力を高めるためいい飯を食べ、帰っても風呂の時間などないため車で30分のところのスーパー銭湯に行く。仕事の効率のためにやっているのですべて領収書をもらってすべて経費に回した。そして11時ごろ戻ってきて仕事を再開する。深夜まで作業をした後、帰宅して寝るだけだ。毎日17時間勤務、多いときにはそれ以上で一生懸命やっていた。
会社の業績は横ばいだ。しかしそれは五時に帰ってしまう他の人たちのために僕が残業をしているからだ。他の人たちは五時以降の会社のことをよく知らないのだ。そのおかげでホウレンソウが成り立たず苦労することもしばしばあった。
そんなある日だ。光熱費がひっ迫していると言われ、残業を禁止された。若手従業員ががんばっているのだから空調や照明をつけているのは当たり前だ。タイムカードも五時できっている。その分の人件費はかからないはず。禁止などされては会社が傾いてしまうので、その後も忠告を無視して残業は続けた。
しかし、やはり中小企業だ。業績悪化ならまだしも昼間に寝ているなどと言う意味不明な理由で僕は解雇された。やはりクリエイティブな人材を理解できなかったようだ。僕がいなければきっとこの会社は瞬く間につぶれてしまうだろう。
逃した魚はデカいぞ、と社長に警告して会社を出た後、僕の荷物の入った段ボールを会社の玄関にぶちまけた。十徳ナイフ、爪切り、寝袋、アイマスク、焼肉屋のポイントカード、スーパー銭湯の割引券、短い間だったが世話になった道具たちを放り出すのは少し心が痛んだが、ここでお別れと思ってそのままにして家路に就いた。
帰るために横須賀線に乗り大船を過ぎたあたりで失業したことの悲しみがこみあげてきて涙を流した。なぜあんなに一生懸命毎日仕事をしていたのにクビにされたのか、元いたコンビニのクソバイト女を見下すために死ぬ気で頑張ったのに無意味になってしまったこと。夜の電車の中は混んでいて誰もがこんな僕を馬鹿にしているような気がした。
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