ウロボロスの王冠と翼 第五十五話
バスコに貰った情報を基に、俺たちはレトロスタナムへと赴いた。資金繰りに余裕があると言うだけあり、なおかつイスペイネ自治領内では最大の錬金術師の組織と言うことも相まってやはり拠点も大きいものだった。
ラド・デル・マルの街の高級なエリア、エスピノサ邸やカルデロンの別宅からほど近い場所にあるその建物は別宅に並ぶほどの大きさだ。裏手にわずかに見えている窓のない建物はシスネロス家にあったものと似ているのでおそらく研究施設だろう。
入り口は辺り一帯の高級住宅と代わり映えのしない作りをしている。もちろんどの屋敷でもそうであるように、入り口には見張りがいるのだ。違うところと言えば、他の豪邸の見張りは兵士のような恰好をしているが、レトロスタナムの見張りは錬金術師なのか杖を持っている。だがその見張りは蟻一匹通過させぬほどに厳重と言うわけでもなさそうで、杖に顎を載せた彼は大きなあくびをした後、雨の中での見張りに少しうんざりしたような顔をしている。
さて、どうやって面会を申し込むか。見張りは気の抜けたような雰囲気を醸し出しているが、簡単には入れてくれないだろう。騒ぎを起こすのはもってのほかだ。またティルナのカルデロンというブランドに頼るべきか。しかし、タイミングが悪いことにティルナはヤシマと共にタバコの件を任せていて、その調査をした後に遅れて来るそうだ。何時までとは言っておらず、いつまでかかるかわからないそれを待っているわけにはいかない。
入り口から少し離れたところでどうしようか悩んでいると、じろじろ探るように見張りの男を見ていたオージーとアンネリが何かに気付き、目を合わせて頷いた。そして「任せて」と一言だけ言うと、ずんずんとその見張りに向って行った。見張りの前に二人で並んで立ちはだかったのだ。
またしてもアンネリが槍で地面をズンと突くと、眠たそうだった見張りは背筋を正してカッと目を開き、警戒するかのように杖を構えた。
まさか、まさか、と俺は脇腹の血液がよそへ流れて収縮していくのを感じた。さらにアンネリは大きく息を吸い込み、彼にグイと一歩近づいている。警戒して杖を強く握る見張りに向かって「すいません! イスペイネで最も優れた錬金術師が集まるっていうレトロスタナムの建物はここですか?」と元気よく尋ねたのだ。
ほっ、殴り飛ばしてカチコミをかけるのではないようだ。危ないことはするなと言ったが、紛らわしいこともしないでもらいたい。肝と言う肝がひえっひえになったではないか。一度彼女たちを見守ろう。
「そうだが。君たちは何者だ?」
「あたしたち学生なんですけど、中を見学させてもらえませんか?」とにっこり。
「なんだ、そんなことか。悪いが今は無理だ。所長と面会はできない。またにしてくれ」
そう見張りがため息をつき警戒を解くと、「どうしてもだめですか?」とアンネリは目をウルウルさせた。今度は上目遣いで落としにかかったようだ。だが、ダメだ、と掌を突き出してすぐさま断られてしまった。なによ! 人妻の魅力に気が付かないワケ? とでも言いたげなジトッとした眼差しを向けるアンネリの横で、見張りの杖をしげしげと見つめていたオージーが顔をさらにそれへと近づけた。興味深い何かを見つけたのか杖の先を、眼が寄るほどに見ている。
「あなたは、もしかしてエイプルトン校の出身ではないですか?」
「そうだが……。なぜわかったんだ?」
「杖にわが校の印である白鳥のバッチが付いているのが見えまして。あ、失礼、ボクたちもそこの卒業生なんです」とポケットをごそごそと漁り、杖についているものと同じバッチを取り出した。
バッチを見た見張りはすぐさま表情を明るくした。これまでの面倒くさい学生をあしらうような表情ではなくなり、まるで旧知の友との再会を懐かしむような、ほころぶ笑顔になったのだ。
「なんだ! そうか! 君たちは後輩なのか。だが、もう学生とは思えない年に見えるが?」
それを聞くとオージーとアンネリは気まずそうに顔を合わせ苦々しく笑うと、
「実は、学校を出てから少し間をあけてから研究所に入ったので、まだ学生として働いています。何もかも未熟で恥ずかしい限りです。だから見学でも行ってこいと言われまして……。世間をよく知らないので、うっかりアポイントメントを取らずに来てしまいました。ごめんなさい」
と苦笑いをした。
それを聞いた男はため息をふぅーんとした後、「ああ、もう、仕方ない。かわいい後輩たちを雨の中に放置することはできないからな。ちょっと待ってろ。少しぐらいなら大丈夫だと思うが」と仕方なさそうに笑うと、見張りは敷地の中に入っていった。
すると二人はこちらを向いて親指を立てて目配せしてきた。どうやらうまく入れそうだ。しかし、こんなところで二人の最高学府の学閥パワーが発揮されるとは。二人を連れてきたのは正解だったようだ。