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ウロボロスの王冠と翼 第五十四話

 強まる雨脚の中、カルデロンの別宅に戻るとモットラが来ていた。彼も独自の捜査をしていたらしい。その結果、俺たち同様にレトロスタナムにたどり着いたそうだ。だが、まだ容疑の段階というだけで確実な実行犯であることは分かっていない。そこで俺とモットラはその組織へと面会をしに行くことにした。


「オージーとアンネリはここで待機していてくれ」


「はぁ!? なんでよ!? 行くに決まってんでしょ!?」


 アンネリは柳眉を逆立てダイニングテーブルにバンと手をついた。


「誘拐犯かもしれないんだぞ? 双子の親が本拠地に来るのは危ない。何をされるかわからない」


「それはストスリアから出た瞬間、いや君が誘ってくれたときから覚悟の上だ」


 オージーは腕を組み俺に近づいてきた。


「それでもダメだ。二人はここで待ってて」


 今回はまだ様子見なのだ。だから必要以上に刺激をしたくはない。それにこの二人には


「あんた、またあたしたちに危ない事させたくないとか思ってるんじゃないでしょうね!?」


 アンネリは椅子を倒す勢いで立ち上がり腰に手を当てながら、声を上げて目の前に迫ってきた。


 俺は考えていたことをそのまま言い当てられてしまい硬直してしまった。そしてそこに追い打ちをかけられるように「毎回毎回、毎回毎回なんなの? それ!? イライラするんだけど!?」と言われた。

 思わず、止めに入ってくれると思ったオージーを見つめてしまった。しかし、彼は腕を組み、何も言わずに俺を見ている。どうやら止める気はないようだ。


「あたしたちのことなんだと思ってるの? お荷物なわけ!?」

「いや、そういうわけじゃ……」

「イズミ君、君がボクたちを危険から遠ざけようとするのはよくわかる。確かに君は優しいからな」

「でも、じゃあ、なんであたしたちをあんたの旅に誘ったわけ? 旅には連れて行くけど危険な目には合わせない? なんなの、それ?意味ワカンナイ!」


 一呼吸開けてアンネリは


「あたしたちはあんたの仲間じゃないの!?」


 と悲しげに声を上げた。



 二人を信じていないわけではない。だが危ないことはしてほしくない。これからレトロスタナムに行けば危険は増し、怪我したり最悪の場合死んでしまったりするかもしれないのだ。

 そして二人にはもう子どもがいる。守るべき、そして繋げるべき次の世代だ。この二人にはその守るべき者たちを戦いのないところで穏やかに育てていってほしいだけなのだ。どちらかが傷ついてしまえばそれは叶わない。守りたいから遠ざける。


 それなら最初から旅になど誘うべきではなかったはずだ。では、なぜついて来いと俺は誘った?


 生きていくには仕事が必要だ。イスペイネが拠点ではない錬金術師のオージーとアンネリはワーキングプアで事実上の共働き夫婦だ。その仕事のことも考えて二人を誘った。俺は何がしたかったのか? 就職先が決まっていなくて可哀そうだから仲間に誘った?



 そんなのは仲間じゃない。ただの同情だ。では仲間ではないのか。そういうわけではない。


 最初は、そうじゃなかったはずだ。そう、本当の最初、二人がまだフロイデンベルクアカデミアで論文を書いていたころ。それから長い時間を過ごし、二人を少しずつ知っていった。ワーキングプアな錬金術師、一度も聞いたことがない二人の家庭事情、ストスリアでの彼らのつつましやかな暮らしぶり……。


 俺のチームは、先の金融省長官選挙への介入・成功報酬と、レアとカミュの徹底した管理のおかげで幸いにも資金繰りには余裕がある。それゆえに二人に対する同情が気がつかないうちに生まれていたのだ。

 うちは儲けているから、二人くらいならついでに……とかいう傲慢で胸糞の悪い考え方だ。自分でそう考えていたのかと思うと、酸で胃が裏返るような吐き気を催す。その下衆な同情と傲慢な見下しを、心の広さだとか仲間だとかいう理由と錯覚、誤魔化していたのだ。俺は二人を信じているふりをしていただけで、そして自分のしていることが矛盾だらけなことを無視し続けているのだ。


 アンネリの言葉が首から重くぶら下がり、俺は言葉を失った。自分の本心に気付くと虚しくなってしまったのだ。


「黙っていてはわからないよ。ボクたちを連れて行くのかい? 立ち止まらないと言った君がここで悩んでいては時間が経ってしまうよ?」


 そう言いながらオージーは俺の傍へ来た。


 俺は二人を見下してなんかいない。この二人はいなければ成り立たない。彼らに渡す金も彼らの働きによるものだ。だが、自分の無意識は自分ではわからない。本当に無意識の井戸の底からそう思っているのだろうか。ここで連れて行けばそれが許されるとでも思っていないだろうか。俺にとっての仲間とはなんだ。


「あんたのさ」


 下を向いて頬を噛む俺を見かねたのか、アンネリがのぞき込むと話始めた。


「あんたのそういうところはすごく素敵なの。でも過保護過ぎ。ヤダ、変な言い方ね。あたしたちもチームに加わった以上あんた一人に負わせるワケにはいかないの。それに誰の弟子だと思ってるのよ?怪我なんか簡単にしないわよ!?」そして、思い切り背中を叩いた。「ヘタレんな!」パーン!


 俺はバランスを崩して顎を突き出すように二、三歩前につんのめった。


 そう、俺は信じていないわけじゃない。この二人が大事なのだ。かけがえのない仲間なのだ。仲間を守るのはリーダーの務め。でもだからと言って何もさせずすべて一人でやろうとするのはリーダーのすることではない。そんなワンマンは一人で旅をすればいい。


 前にも、しかもこの二人に、同じようなことを言われた気がする。なんだか情けない。背後の二人を恨めしそうに見ると、腰に手を当てて笑っている。


「わかった。でも前にも言ったけど危ないことはしないで。君たちはもう二人だけじゃないんだからね?だれ一人でもかけちゃダメだからね? 絶対に危ないことしないで。それだけは約束してくれ」


 アンネリはそれを聞くと頷き、壁に立てかけていた槍を持ち上げた。


「いちいちカッコつけんじゃないわよ! わかればいいの。さぁ行くわよ! 闇の錬金術師の宮殿へ!」


 鼻息をふんすと吐き出し、槍の石打を床についた。床がミシミシと揺れている。


「闇て、それにまだ確定じゃないぞ」


 離れてやり取りを見ていたモットラが前に出てきた。


「皆さん、終わりましたか? いい仲間をお持ちですね、イズミさん。では四人で向かいましょう!」


 そして、小さな声で、私にもいれば、と囁いたのを俺は聞き逃さなかった。それからレトロスタナムへと向かうべく、カルデロンの別宅を後にした。

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