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ウロボロスの王冠と翼 第五十三話

 着ている寝巻が肌にまとわりつくような不快感を覚えた後、聞こえ始めた水の音は窓の外の植木鉢にできた水たまりに降る雨の音だ。ゆっくり目を開けて体を起こすと、カーテンの隙間から白い光が漏れているのが見える。


 あくる日は、久しぶりに雨だったのだ。



 朝食を簡単に取り、準備を整えて外へ出た。薄曇りの空はまだまだ雨を振り続けさせそうだ。ティルナの話では一日雨になるらしい。オージーとアンネリは、悪いわね、とすまなそうに俺を見送った。


 それから二人の代わりにシスネロス家を単身で訪れた。二人が頼んでいた錬金術師団体のリストを受け取るためだが、俺自身でもバスコに用事があった。

 それはマゼルソンの言ったリン鉱石のことについて尋ねるためだ。海上交易になる最近まで行ってきた瀬取りの際に共和国にもたらされていたリン鉱石を採掘しているのはシスネロス家だ。おそらく密輸に関わっているのもこの家だろうと俺は思ったのだ。

 モンタン、いやモットラがスパイだと仮定して、共和国とのつながりがあるのはどの家なのか。連盟政府側の人間として不穏分子を調べる必要があったからだ。


 モノクルの使用人に連れられて着いたバスコの部屋のドアを開けると、中から凄まじい音と風が漏れて来た。恐る恐る中へ入りバスコの元へとたどり着くと彼は実験中だった。二、三度名前を呼びかけられても気のない返事を返し、背中を向けたままだ。


「君たちはァ、本当に毎日毎日押しかけて来るなァ……研究が進まないじゃァないか……」


 羽を広げたアホウドリのはく製を天井からつるし、そこへ大きな扇風機を使って煙を風に載せて当てている。燻製でも作っているのか。毎日アポもなく押し掛けるうっとおしい俺たちを追い払うかのように、ンンンンという作動音とブオンブオンというフィンの回る大きな音を立てている。


「採掘されているリンについてお伺いしたいのですが」


 音が大きな羽根に弾き飛ばされてしまわないように声を張った。


「リン……?」


 バスコは首だけをこちらに向けると困ったような顔をした。リンがわからない様子だ。


「リン鉱石です。おたくで採掘されている鉱石のことです」と繰り返し言うと彼は悩むように爪を噛み始めた。


「リン、リン鉱石、リン……ああ、あの灰白色の石ころの話かァァ。ルカスがそう言っていたな。よくわからんが採掘して集めろと言われているゥ」


「リンの採掘はバスコさんの指示じゃないのですか?」


「確かに鉱石の採掘はわが家が行っている。その石ころもそうだが、鉄鉱石や銅鉱石などを中心に扱っている。リン、と言ったか? それはそのついでくらいだなァ」


 彼が機械のスイッチを切ると風がやみ、作動音も次第に消えて行った。わずかに残ったハム音が完全に止まるのを確認した後、煙の出る箱に蓋をして体をこちらへ向けた。


「採掘した後はブエナフエンテ家がすべて買い取っているゥ。採掘場を出てからの管理は分からん。行方も知らんなァ。あんな大量な鳥の糞などに金を出すなど」


 首が凝ったのか、左右に傾けている。コキコキと音を鳴らしながら大きく息をついた。


 何かがおかしい。採掘しているのはシスネロス家で、それをすべてブエナフエンテ家が買い占めているようだ。


 何故だ? リン鉱石の密輸をしているのはシスネロス家ではないのか? そして採掘の指示をしている本人であるバスコがリンのことをよくわかっていないようだ。もしかすると、共和国に密輸されていたリン鉱石はここのものではないのだろうか。


「リン鉱石を一ついただけませんか? 小さい物で構わないので」


 イスペイネで採掘されるリン鉱石を一つ貰い、共和国に行って鑑定することにしたのだ。他に混じっているものの量で違うかどうか位は分かるはずなのだ。


 バスコは不思議そうな顔をした。まるでそんなものをどうするつもりなんだとでも言いた気だ。


「構わんン。エストホルムじぃ、あのモノクルの使用人に言えば出してくれるだろうゥ」


 そう言うとバスコは作業デスクに近づき、何かの紙の束を持ち上げた。紐で止められた束の表紙にはシスネロス家の紋章である互いを喰いあう二匹の竜の作る輪の中に左を向いたアホウドリが描かれている。バスコは歩きながらその紐をほどき始めた。


「用事はそれじゃァないだろう? 昨日来た二人に頼まれてた物を受け取りに来たはずだ」


 そうだった。本題はリン鉱石の話じゃない。少しそれてしまったが、双子誘拐に話を戻すことにした。


「資金繰りに余裕のある錬金術師団体をリストアップしていただいた紙ですね」と忘れていたことを誤魔化すように取り繕った。

 デスクの傍まで来ると表情のない三白眼の目じりを不気味に下げた。そして指で弄っていた束から外した紐をグイと引っ張りはじめた。


「それにしても、昨日来た二人の錬金術師は面白い奴らだなァ。オージーと言ったか? あの男は昔、私の甥と研究をしていたことがあったらしいな。残念なことに甥は実験中に猛スピードで地面にたたきつけられて即死してしまったがな。足も腕もねじれて、見たことない方向に曲がっていたァ」


 と言うと笑っているのか悲しんでいるのか、わからないが小さく肩を揺らした。そして、


「頭の切れる女の方、アンネリの持っていた槍も気になるなァ。あれさえあれば……もっと軽く……ぶつぶつ……」


 と親指の爪を噛みだした。


 だがすぐに我に返ったのか、不気味な表情をピタリと無表情に戻した。そして手に持っていた書類束を作業机の上に投げると、そこいっぱいに紙が広がった。B5ほどの紙に小さい文字がびっちりと書かれているのが見える。


「また逸れた。錬金術師の団体をリストアップしてェ、その中で経済状態がいいところをピックアップしたァ」


 そして、バサバサに散らばった書類から一枚を親指と人差し指でつまみ上げ、書いてある文字を追っているのか紙の上で視線を左右に流した後、俺にそれを渡してきた。


「古典派の最大組織はそこだなァ。大きいだけあってカネもヒトも多いィ。うちも分裂する前には道具や人材を提供していた。それ以外は弱小で金などない。だが、そこは断トツで異常なまでに資金に余裕がある。調べると良い」


 渡された紙を見ると、組織名の欄には“閑雅なる錫の友人(レトロスタナム)”と書かれている。そのわきにハンコだろうか、押されていたもののマークは、五家族たちの使う紋章と同じ色合いで二匹のウロボロスが輪になっているだけのシンプルなものだった。

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