表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

256/1860

ウロボロスの王冠と翼 第五十二話

「ボクたちが、と言うよりもスヴェンニーの人たちみんながスヴェニウムと言う名称にこだわる傾向があるのはこういう背景があったからのようだ。ボク自身、スタナムと呼ぶのはどうもいい気分がしなくてね。理由がやっとはっきりしたよ」


「血に刻まれた誇りってことね」


 アンネリは話し終えるとぬるくなったコーヒーを一気に飲み干した。そして話の途中から前後に揺れていたティルナの頭にそっと手を載せて撫でると、あんたもう寝なさいよと耳元で囁いた。するとティルナは飛び上がり、目を覚ましてごめんなさいと言い始めた。


「それで、最初に言ってた敵同士ってのはどういうこと?」


「ボクのヒューリライネン家は神秘派。アンネリのハルストロム家は広啓派のそれぞれ一派だったんだよ」



 現在のスヴェリア地方にある錬金術師の家柄は当時から残っているところがそれなりにあるそうだ。古典派から新たにわかれた二派閥について調べものをして行くうちにそれが明らかになり、文献の中で二人の家の名前もしばしば出て来たそうだ。

 当時の記録の中では名家として書かれていた現在まで残っている家は、今ではどこも決して裕福ではないらしい。この二人の家もそういった類の一つだそうだ。220年以上前のことであり、どの家も歴史についてはほとんど失われている様子でどれだけの高齢者でも知る者はいない。

 そして、おそらく、スヴェンニーが栄華を誇ったことや現在の錬金術の主流は彼らの考え出した方法であることを不都合に感じた連盟政府が消してしまったのだろう。


 しかし歴史さえも消えてしまったとはいえ、かつては争った両家である。俺は新婚の二人が心配になった。


「大丈夫なのか?」


「大丈夫も何も、生まれてこの方聞いたこともない話だから、どうってことないんだけどね。あたしは気にしない」と言うとアンネリはオージーをちらりと見た。


「ボクも気にしないさ。ははは。でも調べる価値はあると思うんだ」


 彼は軽く笑うと続けた。


「さて、イズミ君。明日は君一人でシスネロス家に行ってくれないか? ボクたちは昔のことが分かって少し調べものをしなければいけなくなったんだ」と言うと、その横にいたアンネリもうんうんと頷いている。


「団体の中でもさらに資金繰りがいいところを探してもらうことにした。夜のうちに調べておいてくれるらしいんだ。それを明日受け取ってきてほしい」


 それに俺がわかった、と頷くのを見ると「ありがとう。ボクたちは朝早いのでそろそろ、失礼かな」と椅子から立ち上がった。そして「まだ起きてるのかい?」と尋ねてきた。


「ああ、ちょっとね」


 タバコの件が気になって寝付けなさそうなのだ。様子を見ていた使用人が俺のカップにお替りを継いでくれた。


「好きにしなさいよ。でも明日寝坊しても知らないからね。アニエスいないんだから。じゃおやすみ」

と言うと二人はダイニングを出て行った。それに続いてティルナもふらふらと眠たそうな足取りで出て行き、自室へと向って行った。



 静かになったダイニングには俺だけしかいない。だが物陰で使用人が控えている気配がある。俺が早く眠らない限り、彼らも仕事を終わらせられないようだ。だが、話を聞きながら飲んでしまったコーヒーのせいもあるのだろう。まだ眠りにつける様な気分ではないのだ。


 使用人を陰から呼び、俺のことはもう大丈夫だと伝えて、コーヒーを下げてもらった。それからしばらく一人にしてくれと言うとダイニングから完全に人の気配が消えた。


 部屋の隅にあるドラセナは、丸いテラコッタの鉢の中で大きく育っている。緑と白の葉っぱの先がアーチの梁にいまにも届いてしまいそうなほどだ。だが俺が座っている位置からは小さく見える。


 はっとして部屋を見渡すと、ここはとてつもなく広い空間なのだと気が付いた。誰もいなくなったカルデロン別宅のダイニングは、一人で使うのは勿体ないほどにとても大きいものなのだ。それを俺は今独り占めしている。


 その静けさの中でぼんやりと広く高い真っ白な天井を見ているとジーという虫の声、おそらくオケラか何かの鳴き声がどこからか聞こえてくる。椅子の背もたれに頭を載せてしばらく聞いていた。


 部屋に行っても眠るだけで、戻ってもつまらない。春の夜は虫たちも鳴き始めて、お散歩でもした方が気持ちがいいはずだ。だがそれをしようとは思わない。何故ダイニングにいるのだろうか。理由は簡単だ。誰かが来てくれるのを待っているのだろう。寂しいときに話しかけてくれる誰かを。


 こんなときに、と思い浮かべる彼女は今元気にしているだろうか。また放ったらかしにしてしまっている。ぼちぼちキューディラで連絡を取ろうか。


 頭を起こしてキューディラを取り出した。しかし、もう夜も遅い。ブルンベイクとの時差は……何時間だ? わからないが、もう早い時間ではないだろう。


 連絡は明日でいいか。俺は立ち上がり、ダイニングの照明を消して誰もいない部屋へと戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ