ウロボロスの王冠と翼 第五十一話
スヴェリア連邦国は栄華を極めていた。
人口もかつてとは比べ物にならないほど増えたが、他国を冒すようなことは決してなかった。なぜならスヴェリア地方には広大な土地があり、そこの冬が長く常に雪に覆われているような不毛な大地であっても、当時の彼らの技術をもってすれば開拓は容易なものだったからだ。
増えた人々は知識をつけさらに暮らしを豊かにし、錬金術はさらなる発展を見せた。現在の連盟政府で使われている技術のほとんどはその当時生まれたものを基礎にして成り立っているらしい。
いつしか錬金術を学びにわざわざ遠方の他国からこの何もない豊かな土地へと人が派遣されてくるほどになったのだ。それゆえスヴェンニーに対する迫害ももはや歴史の一部となっていった。
豊かになればいずれ堕落が訪れる。だが人々はそれを知っていた。それゆえに彼らは立ち止まることはなかった。日々技術を新たなる段階へと進歩させ、より豊かな高みを目指していったのだ。
しかし、破滅は堕落だけによってもたらされるものではない。時は流れ、大きな転換点を迎えた。
これまでの成果を結集し錬金術師たちはある技術を生み出したのだ。その技術は素晴らしく、世界を一新させるようなものだったらしい。
しかし、あまりに理想的であり群雄割拠の時代では真っ先に軍事転用されてしまう可能性を考慮して、それを広めるべきか否かを問う議論が起きた。専ら広めるべきではないという意見が多く、封印しようという方向に向かっていた。
しかし、それでも広めようとする一部の錬金術師たちはあの手この手で議論を無理やり継続させ続けた。そして、やがて彼らの行動は過激になり始め、使用は禁忌であるという業界の流れを無視して「結論が出ていないので問題がない。技術は広めて使わなければ問題を抽出することができない。そのとき改めて議論すればいい」と主張し、トバイアス・ザカライア商会にそれを売ろうとしてしまった。
取引の直前に情報が伝わったが交渉では収拾がつかない段階に達していて、その暴挙を他の錬金術師たちが無理やり止めようとしたことで傷害事件が起きてしまったのだ。
その時運が悪いことに子どもが巻き込まれてしまったのだ。それから頑固で閉鎖的かつ身内には甘いという国民性ゆえに犯罪に対して未熟だった司法制度の中で裁判が行われることになった。
広めようとする立場の主張は復権と発展に貢献するためであり、一方の反対する側の主張は様々で、危険性ゆえに封印すべきだ、とか、なぜ神秘の結晶まで迫害してきた者に渡さなければいけないのか、と言うものだった。
お互い頑として主張を譲らず、何年も争い続けるうちに、やがて広めようとするものを広啓派、隠そうとしたものを神秘派と呼ぶようになり互いに反目するようになっていった。
負傷した子どもについてどちらが悪いかと言う責任の所在について、当初はどちらも悪いということになり、両派閥で支援をしあっていた。
しかし、負傷から治ったその子どもが成長し錬金術師となった時、広啓派の支持を表明したので責任は神秘派にあるという世論ができあがってしまったのだ。
それを契機に多数派だったはずの神秘派は追い詰められ、あっという間に数を減らしていった。議論だけならまだしも実際に暴力による抑制も起き始めてしまい、次第にエスカレートし半ば神秘派狩りのような弾圧行動となってしまったそうだ。
それに抵抗すべく神秘派は各地で武装勢力となっていった。本来の国民性である閉鎖的で身内に甘いという性質を顕著に表していた彼らは、連邦国内で密かに強烈な情報ネットワークを形成し、仲間を集めて一斉に蜂起したのだ。
すぐにスヴェリア連邦国内全土に拡大し内乱へと発展していった。同じ姓を持つ者の中でも広啓派と神秘派で別れれば身内同士で殺し合うような、陰惨なものになったそうだ。規模が大きいとはいえ反乱軍でしかなかった神秘派は勢いを次第に失っていったそうだ。
その最中にあの技術は負けを悟った神秘派によって闇に葬られてしまったらしい。破滅と言う大きな転換点をもたらした技術は、名前すら失われてしまったそうだ。内乱には事実上敗北したが、神秘派はその技術を消し去るという本来の目的を果たせたのだ。
それからも何年か続いた内乱も国土全体の疲弊により減衰して治まった。しかし連邦国は完全に荒れ果て、国家としての体裁を保つことすら難しくなり連邦国形成以前よりもさらに貧しくなってしまったのだ。国の存続を維持するために連盟政府の前身である国家に吸収され、スヴェリアの国々は再び一つになった。
しかし、以前のような栄華を極めた錬金術は見る影もなく、どこかの国の一田舎になり下がった。その後、錫はスヴェニウムではなく、出来たばかりでまだ小さい連盟政府の錬金術師が付けたスタナムと呼ばれるようになり、彼らの最後の誇りすら奪われてしまったのだ。