ウロボロスの王冠と翼 第五十話
ティルナと別宅に戻りダイニングで遅れて食事をとっていた。向かいに座る彼女はだいぶ疲れた様子で、目をしょぼしょぼさせて、食べているのに眠そうだ。先ほどの一件で疲れ切ってしまったのだろう。
ふと廊下に目をやるとオージーとアンネリが歩いていくのが見えた。二人は戻ってきた俺たちに気が付いたのか、一度ダイニング前を通り過ぎてからわざわざ戻ってきてドア枠からひょっこり顔だけをのぞかせた。
「あら、遅かったわね。どこ行ってたのよ? 書類も多くてあれから大変だったのよ?」
「申し訳ない。緊急事態が起きてた」
二人はダイニングに入りこちらへ向かってきた。
「あそ、ま、いいわ。あんたも忙しいわね。明日はちゃんと手伝ってよ?」
そう言うと二人はなぜかテーブルに座ると肘を置き前かがみになった。そして何か言いたそうな様子でどことなくそわそわしている。それを無視するのは、疲れているとはいえ意地悪なので「なんかあったのか?」と尋ねた。すると彼女はぱっとうれしそうに笑顔になり、鼻の穴を広げた。
「ふふん、あたしたち、書類整理した後シスネロス家の錬金術の資料を見せてもらったの」
「古典復興運動の原因になった書物の一部も見せてもらえたんだ。おっとこれは秘密だがな。だが、その中に面白いこと、と言うと語弊があるが、実に興味深いことを見つけたんだ」と横からオージーが付け加えた。すると、アンネリはテーブルの上へとにゅっと体を突き出して「驚くなかれ!なんとあたしたち夫婦の祖先、昔は敵同士だったのよ!」と人差し指を突き立てた。
「どういうこと?」
以前、女神は神秘派、広啓派と言っていたし、この二人がそれぞれどちらかだということまでわかっていた。しかし、敵同士とはどういうことだろうか。まさか離婚するとか言わないだろうな。
アンネリは、俺が片眉を上げたまま食事の手を止めているのを見ると、「まぁ聞きなさいよ!」とふふんと鼻を鳴らした。そこへ使用人がタイミングよく現れてコーヒーを淹れてくれたので、彼女はその香りを思い切り鼻から吸い込んだ。
ずっと昔、連盟政府ができる前の時代、スヴェリア地方で錬金術は大いに発展し、そこの古代からの住民であるスヴェンニーと錬金術は切っても切れない関係になったそうだ。
当時にはもうすでにスヴェンニーに対して差別的な見方はあり、苦しい状況に立たされていた。
スヴェリア地方は山や不毛の地が多く、そこへさらに他国が入り込み、雪ばかりの土地へと追いやられた。だがそれに押しつぶされることなく錬金術を発展させていった。
その大きな業績の中の一つは、錫の発見だ。彼らはそれを“スヴェニウム”と名付けた。また、厳しい大地で鍛えていたスヴェンニーの戦士たちは屈強だった。それぞれ動物の革を被り、体よりも大きな武器を振り回していた。
スヴェリア地方は馬の育ちが悪く、一頭育てるのは人間一人よりも大変で貧しい彼らには割に合わなかった。その代わりに、スヴェリア地方では豊富だった苔を食べるトナカイに乗っていたのだ。
トナカイはあまり強い生き物ではないが、スヴェンニーたちは長い年月をかけてトナカイたちを強く品種改良を行ったそうだ。オジロジカ亜科同士であるヘラジカの血が混じっているためとスヴェリア地方の厳しい寒さゆえに、とてつもなく体が大きくなる。大きい個体は、乗るには向かないが三メートルほどにもなるらしい。
スヴェリア地方一帯の小国はそれぞれに発展していたが互いに争うことはなく助け合って生きていたので、住民たちは小国で集まり連邦国家を作ることにした。どこも貧しく、大国に虐げられていたので、まとまるときには大きな反対やもめ事は起きなかったそうだ。みな生きるために一丸となろうとしていたのだろう。
それからスヴェリア連邦国として整ったこと、高度な錬金術があったこと、それから強い戦士たちのおかげで、限定的ではあるが力を付けた彼らはスヴェンニーの復権を試みた。
そこで考え出されたのが、武力侵略ではなく優れた錬金術の各国への普及をしようとしたそうだ。
彼らが侵略に走らなかった理由は単純だった。品種改良をしたトナカイは強いが、季節により変わる彼らの網膜は冬場に光を逃がさないようにするため青くなり、ある地点よりも南では眩しくて失明してしまうからだ。馬も多くいたわけではなく貴重な財産なので戦闘や労働向きではない。そして何よりも、以前よりも豊かになりそれを享受した市民たちは安寧の維持を求めていたからだ。
当時もすでに物流の中心であったトバイアス・ザカライア商会に協力を要請し、連邦国一丸となって積極的に行っていった。やがて国土こそ広がりはしなかったものの、連邦国は以前よりもますます豊かになった。
鉱石から取り出す金属の純度を上げたり、様々な合金を作り出したり、錬金術は生活に密接に関わるようなより実践的な技術へと変貌を遂げ、大いに発展していった。市民の生活水準も上がり貧困も消え去った。