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ウロボロスの王冠と翼 第四十九話

「なぁおまえ、紅蓮蝶(マリポーサ)はいつくらいから運んでるんだ?」


「運び始めたのは先月だ。例の事業に参加してしばらく放ったらかしにされた後、急遽任された仕事で先月半ばと今朝の二回運んだ。それより前は分からねぇ」


 相変わらず肩を落としたまま、ぼそぼそと悲し気に話している。


「もっと前から運ばれていたかもしれないってことか」


 時期を示すような具体的なものではないが、可能性を示すものに心当たりがある。おそらく紅蓮蝶(マリポーサ)はシバサキがたまに吸っていたタバコだろう。

 気分にムラがあるのは本来の性格かもしれないという点を無視してはいけないし、どれだけの間吸っていたかはわからないが、行動が極端に攻撃的になることがしばしばあった。


 それにしても、なぜ問題が起こると場所を問わず彼の名前が必ず一度は上がるのだろうか。世間が狭いのか、それとも運命なのか。


 それはさておき、タバコを手にしていた人間はおそらく彼だけではないはずだ。月に一度運んでいるというのはおそらくあえて“飢餓状態”にするためだろう。それゆえ需要があり値段も吊り上がるのだ。だが、それは止めさせてもらう。関わらせないはずだったヤシマが来てくれたことで解決の糸口が見つけられそうな気がするのだ。


「おい、ヤシマ。直接受け取ってたならその売人を調べろ。作った奴もだ。抜け漏れなく一切をな」


「何ができるんだ、おれに。おれなんかに」


 ヤシマはまだ下を向いたままで、顔をぐぐっと押さえている。掌で口が覆われ、声が聞こえにくい。


「いつまでも感傷に浸るな。できることなら無限大にあるだろ。ダメだと分かってるなら二度と起こさないようにしろ」


 そう言って俺は肩を軽くたたいた。するとヤシマはゆっくり顔を起こし鼻と口から息を吸い込んだ。


「断る権限ないっぽいな。いや任せろ。やるよ。お前の手伝いするって言っちまったしな。だけどなぁ、償いきれるのかおれは……」


 前向きになろうとしてはいるようだ。やっと顔を上げたが自信なさげに顎の整った髭を擦っている。


「大丈夫だ。できる。できるから黙ってやれ。あんただって女神に選ばれた勇者なんだろ?感傷話は終わってから聞いてやるよ」


「はっ、ガキのくせに言いやがる」と鼻で笑うと膝を叩いて立ち上がった。そして「だが、何をすればいい? まずはイスペイネで受け取った時の奴から当たってみるか?」


「やってくれるか。ありがとな。あんた結構強いだろ? 大っぴらに探って目立つだけ目立ったら、始末しに来るんじゃないか?」


「てめぇ、この野郎、おれにおとりになれっつーのかよ。あー、でもおとり捜査ってのもあるからなぁ」


 しかし、これまでの経緯を考えると元締めが元勇者である可能性も全くないわけではない。勇者と言う立場であった以上、誰しもかなり強さがある。中にはヤシマや俺のように移動魔法が使える奴も数人いる。そして現在彼らの多くは結託しているようなので、ヤシマ一人では対処しきれなくなるだろう。


「でも、事態が事態だから怖いなぁ。何が起きるかわからない。あんたが殺されても困るし」


「オイオイ、おっかないこと言うなや。だが当てがねぇんだよな」と二人でため息をついた。



 そこへ「あ、あの!」とティルナが俺とヤシマの前に出てきた。「わ、私のこと忘れてませんか?」


 髪の毛を逆立て、肩を張りながら仁王立ちしている。


「そのお話、カ、カルデロン家でも対処させていただきたいと思います。も、もう五家族だけの問題ではなさそうなので」


「本当か? でも序列はどうするんだ?」


 すると、何か覚悟を決めたのか胸の前で拳を握った。


「じ、じゅ、じょ、序列はこの際無視してか、構いません! カ、カルデロン家大頭目エスパシオの妹、ティルナがそれをゆ、ゆゆ、許します!」


 驚いたことに、なんとティルナが初めて自らの家の権力を行使したのだ。


 これまでカルデロン家がイスペイネ自治領では最高位であることに謙遜して、あまりにし過ぎていて卑屈になっていたくらいの彼女が顔を真っ赤にしてそう声を張ったのだ。言い切った彼女は小さく震えている。


 俺とヤシマがあっけにとられてその姿を見つめていると、彼女は言ったことが恥ずかしくなってしまったようだ。そのまましゃがみ込んで顔を押さえてしまい、彼女の癖であるのかふゅんと鼻を鳴らした。

 俺は座っていた階段から立ち上がり彼女の傍へと歩み寄った。彼女のその勇気に応えないわけにはいかない。屈んでいたティルナは目線を合わせた俺をちらりと一瞬だけ見て、すぐさま顔を再び手で覆った。僅かに見えた青紫の瞳はうるんで輝いている。


「ティルナ、ありがとう。助かるよ」


 そして頭に手を置いて撫でた、りはしないことにした。どうも別の誰かが引っ掛かる。それに、恥じらう顔をあまりしげしげとのぞき込むのはかわいそうだ。俺はヤシマの方へ向いた。


「ヤシマ、ティルナとタバコの件の捜査をやってくれるか?」


「まぁ、一人よりマシか。それに偉大なカルデロンだからな。よろしく頼むぜ」


 “偉大な”と言ってしまうと彼女は委縮してしまうのではないかと思った。しかしティルナは屈んだまま胸元で手を丸めるとひゃい!と裏返った高い声で応えた。大丈夫だろう。うまくいく。この子はもっと自信を持つべきだ。二人とも頼もしいな、と言いかけたが俺はそれを飲み込んだ。


「ここまで言っておいてすまないんだが、俺は双子捜索ともう一つ調べなきゃいけないことがあるんだ。この件は任せていいか?」


「しゃーねーよ。そっちも大変なんだろ?おれらに任せとけよ」


「信じていいんだろうな?」と冗談っぽく言うと、ヤシマは「信じてくれよ。一応元勇者だからな!」と親指を立てた。


「イズミさん、だ、大丈夫です! 私がきちんと監視しています」と言った後、「あっ、じゃなくて協力を……」と言い直した。それにヤシマは「お前ら二人とも信じてねーだろ!?なんだよ、もう!クソガキども!」と笑った。


 それからヤシマとは別れることになった。彼は一度首都サント・プラントンの自宅に戻り、取引の時のメモなどを探しに戻るそうだ。俺とティルナは別宅へと帰ることにした。

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