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ウロボロスの王冠と翼 第四十七話

 ウィンストンから話を聞いた俺はイスペイネに急遽戻り、カルデロン邸のダイニングのテーブルで眠たそうに目をぐしぐし擦っていたティルナを起こし、ヘマの元へと向かった。もうすっかり暗い時間だが、そんなことに構ってはいられない。序列もどうでもいい。緊急事態なのだ。


 ティルナに受付をさせて足早にいつもの部屋に向かった。時間も遅いということなのでメンズたちの数も少なかった。アニバルもいないようだ。だがそのほうが都合がいい。何かするごとに行動を妨害される可能性が低くなる。ヘマの登場を今か今かと待っていると少々乱暴にドアが開かれた。


「この助平が! 二度と現れるなと言ったではないか! それもこんな時」「ヘマ・シルベストレ!!」


 ドアが開くとともにヘマは怒り出したが、その話など一切聞かずに跪きすらせず彼女の登場と同時にずんずん迫った。そして閉まったドアに手をバンと押し当て彼女の目の前に覆いかぶさるように立ちはだかった。


「な、なんじゃあぁ!? わらわに夜這いでもかけるかぁ!? ダメじゃ、ダメじゃ、きょ、今日はダメなのじゃぁ……」


 突然のことに驚いたヘマは声を裏返し、両手を胸のあたりで丸めている。押しには弱いらしい。


紅蓮蝶(マリポーサ)について教えてもらえます?」


 頬を染めると恥じらう乙女のようになり、ちらちらと上目遣いで見てくる。俺はあんたに夜這いをかけたわけじゃない。頬を染めるな、胸糞悪い。


「ちょ、蝶々のことか? そ、それがどうかしたのじゃ? いくらわらわが蝶のように可憐でも捕まえてはならぬぞ」


 蝶のことなど話していない。ご都合主義の言語能力のせいできちんと伝わっているのかわからない。マリポーサはスラングみたいなものだ。わからない人にスラングを伝えても本来の意味しかくみ取れないはずだ。だから俺の言ったマリポーサはヘマには蝶々としか聞こえないのだ。


 では、どうすれば伝わるだろうか。だが、混ぜられていたあの植物の名前をそのまま言ってしまえば白を切られるのは間違いない。ならば匂いで説明するしかない。


「あんたのところで作ってるか、もしくは売ってるタバコの話だ。メンソールように爽やかなようで、それでいて喉に重く響いてむせかえってしまうような甘さのある、癖の強い匂いがするやつだ。この間勧めてきた奴とは違う銘柄のだ。あんた、全銘柄の販売してるなら把握してるよな?」


 そう言うとヘマはおどおどしながら、困惑した顔をした。


「確かにわらわの家のタバコは爽やかでいて重いが、癖がないことで有名なはず。焦げた葉っぱの匂いなどせぬはずじゃが? そもそも蝶などと言う名のタバコは扱っておらぬ。お、おぬしは別のタバコの話をしておらぬか?」


 怯えながらも眉をへの字に曲げ、チラチラとこちらを覗く瞳は困り果てた色をしている。どうやらヘマは紅蓮蝶(マリポーサ)を全く知らない様子だ。怒りと焦りのあまり強引なことをしてしまった。それにこれ以上迫っては自白強要でしかない。

 嘘でもはいと言わせるわけにはいかないので、そうか、と言って俺は離れた。するとヘマはドアに寄りかかったままするするとへたり込み、真っ赤な頬に手を当てて脱力している。


「こ、この助平が……しかし、男らしいところもあるのう。近くで見ると意外と筋肉もあるのう。気に入った。かの北の地の勇者のようじゃ、ほほほ」


 肝心なことは言わないで、クソどうでもいいが気になること言いやがって。アルフレッドのことか? ええい、知らん。双子もそうだが、こっちも何とかしなければまずい。


 俺はヘマに手を差し伸べて彼女を起こし、ドレスの肩を直して髪をさっとまとめた。すると彼女は余裕を取り戻したのか、いつもの調子に戻った。


「何があったのじゃ? わらわにきかせたもう」と俺の胸板をなぞる様に指先で擦った。


 色仕掛けで彼女は話を自分のペースに持ち込みたいようだ。しかし、それに飲まれてはいけない。すかさずその手を包み込むように握るとヘマの顔がまた一瞬引きつった。


「イスペイネ産のタバコに危険性の高いものが含まれていた。全銘柄の販売を止めてもらいたい」


「な、何を言うのじゃ? それは無理な話じゃ!」と言うと包んだ掌を大きく揺らし、ひょいと手を放した。


「あなたは何も知らないのでしょう? でもイスペイネで作られたタバコに問題があるんです!」


「どんな問題じゃ! もったいつけずそれをはよう言うのじゃ! 言わなければ対応もできぬ!」


「不必要にあなたを疑いたくはありません。ですが、無関係ではないので言うことはできません!」


「なぜじゃ!」


「ダメなものはダメなんです! でも双子捜索は手伝ってもらいます!」


「何をぬかす! わがままなやつめ!」


「あんたに言われたくないですよ! じゃあタバコの件は俺たちだけでやります!」


 いいーっと歯をむき出しにするヘマから離れ、真っ赤になった顔を手で覆っていたティルナの腕をつかみ、だしだし音を立てながら部屋のドアを開けた。


 背後から「こ、この助平! まだ話は終わっておらん! わらわを置いて帰るなど許さぬぞ! あ! ちょ! コ、コラ! 待て! 待つのじゃ!」とヘマの怒鳴り声が聞こえて、履いていたヒールか何かを投げたのか腰のあたりに硬いものがぶつかって床にごとりと落ちる音がした。

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