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ウロボロスの王冠と翼 第四十五話

 共和国グラントルア郊外のギンスブルグ邸の敷地内はよく晴れていて春の日差しがあふれている。


 気温も上がり、ほんの数日前までの寒さが少し懐かしく感じるほどだ。温室を覆うガラスが照り返す眩しい日光に目をくらませながら白髪の男へ近づいた。ギンスブルグ家の使用人の一人であり、そして運転手でもあり、ありとあらゆる場面で俺たちを運び、そして助けてくれたその男はウィンストンだ。


 あらゆる場面で車のルームミラーに映っていた優しい初老の瞳には、相変わらずの優しさと40年前の戦争での闇を奥に讃えている。植物の栽培を趣味としているのは聞いていた。俺が現れる直前まで土を弄っていたのだろう。つなぎからは湿った土と刈り取られた葉っぱの生青くいいにおいがして、刻まれた掌の皺にはぴっちりと土が詰まり茶色くなっている。


「おかげさまで。今日は少しお願いがあって尋ねたのですが」


「こんな老獪きわまるただの運転手にいったいどんなお願いですかな?ご希望に添えると良いですが……。しかし汚れたままではな。ちょいと失礼」


 微笑んだ後、屈むと傍にあった蛇口をひねった。すると、まだ冬の冷たさを残していそうなきらきらと輝く雪解け水があふれ出だした。ウィンストンは冷たそうに手を洗うと、首からかけていたタオルで拭いた。


「ウィンストンさん、あなたは確か植物学がお詳しいと伺ったのですが」


そういうと、瞳を楽しげに輝かせた。


「よくご存じですな。シローク様から聞いたのですか?確かに私は人よりも詳しいという自負はありますぞ。両親には金にならんと言われてしまいましたが、大学では植物学を専攻しておりましたぞ」


「それは頼もしいですね。そんなプロフェショナルであるあなたにぜひ調べていただきたいものがあります」


 俺は鞄からタバコを出し、掌において彼に見せた。すると彼は掌の上のタバコを摘まんで持ち上げた。


「そう言っていただけると光栄ですな。ところで、これはタバコですかな」


 俺は頷きながら「ノルデンヴィズで売られているタバコです」と付け加えた。


 するとウィンストンの表情がわずかに鋭くなった。少々睨め付けるようで、目の奥が不気味に光っている。


「もしや、いつかの爆破事件のときのタバコですかな?あの犯人が捨てていったという」


「いえ、関連性は分かりません。現時点で細かいことは言えないのですが、少し調べていただきたいのです」


 ウィンストンはポケットから眼鏡を取り出してかけるとタバコを裏返したり、嗅いでみたりと調べ始めた。目を細めタバコを食い入るように見つめている。


「これは共和国に何か関係ありますかな?」


「ない、とは簡単に言い切れないですね。ただ、放っておけば共和国も汚染されるかもしれません。これが原因で戦争が起きたところも知っています。それにカストの犯人のものと同一だとすると無関係ではなくなります」


「ほほう、興味深いですな。ですが、すぐには終わりませんぞ。お茶でも飲んでいかれてはいかがですかな?」


「ありがとうございます。せっかくですが、マゼルソン法律省兼任政省長官との面会を予定しているので」


「さようですか。相変わらずお忙しい方ですな。終わったらおいでなすってください」



 俺はタバコをウィンストンに預けると練兵場へとポータルを開いた。閉じていくポータルを見ると彼が深々と頭を下げていた。


 練兵場は春でも日差しはきつく照り付け、地面を絶えず温めていた。木のない砂地は影がなく、風も穏やかなその日は、湛えた熱を風に運ばれることはないので春先とは思えないほど熱い。熱気から少しでも逃げるためにいた倉庫の影から遠くを見ると、陽炎越しの練兵場隅で迷彩服のエルフたちが隊列を組んでランニングをしているのが見えた。言葉は分からないが、掛け声を出して走り抜けている。


 彼らがどこかへ行くと昼過ぎの練兵場は音もなく陽炎を揺らし、静かな時間を流し始めた。


 俺がここに来た理由は、いつも通りの時間にそこへと現れるマゼルソンと面会するためだ。彼がどう思っているかわからないが、この時間この場所には絶対に現れるので漏れなく捕まえることができる。事前の連絡で面会の意向を伝えるとフンとだけ鼻を鳴らされた。ツンデレ爺さんはダメだとは言わなかったので大丈夫だろう。


 しばらく日陰で待っていると、遠くに見える練兵場のゲートが開かれた。そして陽炎が揺れる砂地に浮いているかのように黒塗りの蒸気自動車が現れた。

 そして以前と全く同じ場所、大倉庫の前で車が止まり、ドアが開かれるとマゼルソン法律省兼任政省長官が降りて来た。

 彼の到着と共に倉庫の中の何かが動き出して排気口から風を吹き出し、それまで静かだった辺り一帯をごうごうという音で埋め尽くし陽炎揺らめく砂地を巻上げた。立ち上る砂ぼこりの中、俺はマゼルソンに駆け寄った。


「マゼルソン長官殿、至急お伝えしたいことがございます」


 強い風を避けるように俺は顔の前を腕で覆った。しかし、彼は一切動じずに背広を風になびかせている。


「手短にな。私は忙しい」


「では、モンタンは生きています」

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