ウロボロスの王冠と翼 第四十四話
その日はオージーとアンネリと共に捜索のため朝早くからシスネロスの家に向かった。いなくなった使用人について尋ねるつもりだった。
しかし、どうも様子がおかしい。この間から見かける使用人はモノクルの老人だけであり、他に誰かがいる形跡が見られないのだ。その怪しさに誰も問うことができなかった。
バスコは訪問に対して迷惑そうにしながらも最低限の協力だと言って、イスペイネ自治領内の錬金術師の関係する団体をリストアップしてやると言った。
だが、ルカスに言われた通りものすごい件数が出てきてしまい一件ずつ調べるというのは不可能だった。もう一度頼み今度は資金繰りに余裕のある団体だけをピックアップしてもらうことにした。
その作業の手伝いの最中に休憩をしているとき、キューディラを何気なく見るとヤシマから数回の連絡履歴があった。遅れて連絡を取ると焦った様子のヤシマが出た。そして、紅蓮蝶を一本手に入れることができたと報告してきた。通話を一度切り資料集めを二人に任せて、俺はヤシマにノルデンヴィズまでポータルを開いてもらい受け取ることにした。
屋敷を出てヤシマにキューディラをつなげて、「おーっす、大丈夫かー? ポータル開いてー」と話しかけるとその瞬間「バカ! 大声出すなっ!」と小声で凄まれた。
「ポータル開くから静かにしろ。あと、ノルデンヴィズの町中には開けない。それからお前もラド・デル・マルのはずれまで来てくれ」
「えぇ……移動魔法の利便性なくなるじゃんか」
「いいから!黙って来いって!」
俺はしぶしぶ移動魔法でラド・デル・マルのはずれまで移動した。到着を再びヤシマに伝えると、途端にキューディラを切られた。そしてすぐさま俺の真横にポータルがちょっとだけ開いて、ヤシマが顔をのぞかせきょろきょろと周りを見回した後、一人分が通れるほどの大きさに開いた。
「早く来い!」と言われ腕を引かれてポータルを抜けるとノルデンヴィズの町はずれに出た。以前魔物退治を行った人気の無い街道沿いだ。
どうやら風が強いらしい。近くに木々が濃い黄緑色の葉を輝かせて強く揺れている。一週間くらい見ない間に季節が進んだなあとそれをぼんやり見ていると、今度は森の中に引きずりこまれた。春先の森は活気を取り戻した緑にすっかり覆われ、暗がりをいくつも作っていた。風が吹くと木々の洞は不気味におぉおぉと叫び声のような音を鳴らしている。
「クソボケ! 目立ちたくないんだよ! それにおせえ!」
「あんたがポータル開いたんだから仕方ないだろ? で、物はあるか?」
「あ、ああ、あるとも。ちょろまかすのは無理だった。一本くらい落とすかと思ったが、高い代物でちまちま数えやがる。だが、取引の場で一本買うことはできた。箱売りじゃなくて本数売りだったからまぁ買えたんだが」
「いくらした?」
それを聞くと首を後ろに下げた。そして強張る顔で俺を見ている。
「……いくらだと思う?」と言って指を五本立てた。
「50エインか?」
「いや、その1000倍、50000エインだ。しかもルード通貨ではダメ。エイン通貨限定だ」
ヤシマは眉を寄せて俺に近づいた。そして、小さな声で「おかしいと思わないか? 一本でだぞ? 一ダースでも高すぎなくらいだ」と言った。
これはおかしいものではない。その程度ではなくヤバいものだ。タバコそのものだけではなく、それを取り巻く人物も暗い影に覆われている。俺はそう確信した。
「何も聞くな。とりあえず渡してくれ。金は今がいいか?」
「すぐよこせ! ないなら後でもいい! おれはとりあえずコイツをさっさと手放したいんだ!」
そうか、と俺はヤシマに少し色を付けて金を渡した。彼は震えた手で慌てるように受け取ると財布にいそいそと仕舞いながら言った。
「おい、イズミ! コイツはどう考えてもマトモなもんじゃない!」
慌てた手つきで財布をポケットにしまったヤシマは俺の肩をぐっと掴んだ。そして
「今まで運んどいて、こんなこと言える立場じゃないんだけど……、わりぃんだけど、おれはこれ以上関わりたくねぇ!」
軽くゆすりながらそう言った。どうやら薄々感じていたそのタバコとそれにまつわる事柄の危険性に気付き始めたようだ。落ちぶれ勇者たちのほぼ犯罪組織からもう足は洗うと彼は言ったのだ。これ以上は直接的には関わらせないでおこう。
「もういいぞ。言いたいことは分かる。ヤシマ、あんたは俺の送り迎えをしただけだ」
「すまねぇな。おれ以上にお前は気を付けろよ。でも何かあったらすぐに言え!」
「ヤシマ、あんたがこれからするのは永い永い罪滅ぼしだ。これ以上余計なことに関わって罪を重ねるな。たとえそれが悪事だと知らなかったとしてもだ」
「わかってる。無責任ですまねえ……。ああでも、図々しいけど言語能力の件、頼むわ」
俺は深くなずいた。するとヤシマはへへっと笑った。
「おまえ、どうする? ラド・デル・マルに戻るか?」
「いや、これから別のところに行ってコイツを鑑定してくる。どこかは言えないけどな。帰りにノルデンヴィズからラド・デル・マルまでよろしくな」
「あぶねぇことしてんな、おまえも。連絡しろ。迎えに行ってやる」
ヤシマと別れた後、今度は共和国のギンスブルグ邸に向かうことにした。
女中部隊が怖いので少し離れた道沿いにポータルを開き、歩いて屋敷に向かった。門で敬礼をする女中部隊に敬礼で返し、俺は敷地内に入った。しかし、本邸宅には向かわずわき道にそれ、森の中に入った。
鳥の鳴き声が響く東屋を抜け、さらに木漏れ日が差し込む石畳をしばらく歩くと森の中に小さな家が見えてきた。
近代的な共和国の中では珍しい古風な煙突のある石造りの家だ。その家の横にはガラス張りの―――家よりも大きな建物がある。家とは違い近代的なデザインのそこは、温室のようで中に植物が生い茂っているのがガラス越しに見える。
中の木々が不自然に揺れた後、ガラスのドアが開きそこから泥の付いたつなぎを着た白髪の男が出てきた。そして俺に気が付いた彼は麦わら帽子を脱ぎ、汗をぬぐった。
「おや、これはこれは珍しい。お久しぶりですな。イズミ殿。肩の調子はいかがですか」
「こんにちは、ウィンストンさん」